◆6◆
稽古場は無法地帯と化していた。
子供達は跳んだり、跳ねたり、走りまわったり、じゃれあったり、壁をよじ登っていたりと、本能の赴くままに動き回っている。
アリッサは、ポンポンと手を叩いた。
「はい、はい、みんなせいれーつ」
それを聞くと、子供達は動きがぴたっと止まり、小走りでアリッサの前に来て並んだ。よく仕込まれている。
「レットさんは?」
「麦茶のんだコップ、洗いにいってる」
「ああ、そう。ところで、今日はお客さんが来ているので、早目にいつもの稽古は終わります。でも、その代わりに」
アリッサは思わせぶりに言葉を途中で切り、興味を示した子供たちの顔を見回してから、
「お客さんを相手に、他流試合をしてみましょう」
わーい、とはしゃぐ子供たち。アリッサはノルドの方を振り向いて、
「ちょっと、この子達の相手をしてください。手加減は無用です」
「それはいくらなんでも」
突然の申し出に、ノルドが躊躇する。
「いえ、試合といっても殴る蹴るではなく、この子達を捕まえるんです」
「捕まえるだけですか?」
「ええ、この稽古場の中だけで。なかなか難しいですよ」
二人がそんな話をしてる間に、子供達の間では、早くも順番争いが起きていた。
「あー、はいはい、そこ、もめないの。順番はジャンケンで決めなさい」
ジャンケンの結果、一番目になった子とノルドが、稽古場の真ん中で向かい合って立つ。ノルドは、自分の身長の半分程しかない子供を前にして、複雑な気持ちだった。
「礼っ。それでは、始めっ」
合図のホイッスルを吹くアリッサ。
「じゃあ、行くよ」
気乗りしないまま、ノルドはとりあえず子供の腕をつかもうとする。ギリギリの距離まで来た時、子供は後にトン、と跳んでそれを避けた。
「なるほど、思ったよりすばしっこい。じゃあこれはどうだ」
ノルドは子供に勢い良く突進した。子供は横に跳んでこれを避ける。ノルドの伸ばした手が空しく宙をつかんだ。
それからしばらくの間、ノルドは子供を追い回したが、その都度紙一重でかわされ続けた。予想外の展開に、ノルドの表情も真剣味を帯びて来る。
と、突然ノルドは距離をとり、子供を中心にしてその周囲を回り始めた。子供の方はと言えば、回転の中心にあって、特に構えるでもなく自然体で立ったまま。
数周回った後、ノルドは不意に斜め後から子供に跳びかかった。が、子供はそれを予想していたかのように、すっと半歩横へ移動しただけで、その突進をかわし、ノルドは勢い余ってバランスを崩し、床に倒れ込んでしまった。
アリッサはそこでホイッスルを吹き、
「はい、そこまで。五分経ちました。二人とも中央に戻って、礼っ。どうです、なかなか難しいでしょう」
「いや、君、すごいね。僕の負けだ」
少し息を切らし、内心の悔しさを抑えつつ、ノルドは一礼の後、子供の握手の求めに応じた。
「おにいさん、初心者だから仕方ないよ」
そんな子供の優しい言葉に、ノルドは心に軽いダメージを負った。