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ようやくソファに座ることを許された車掌は、シェルシェの質問に次々と答えていった。
「話を持ちかけられたのは、出発する三十分程前です。妻の親類を名乗る男から、『入院費について相談したいことがある』、と電話で呼び出されたんです。待ち合わせに指定されたのは、この列車が出発するホームの端でした。行ってみるとそこには、どう見ても小柄な妻の親類とは思えない、七人の巨大な男達が、こちらを威圧するように立っていました」
「出発三十分前と言えば、アリッサさん達がこの列車に乗ることを承諾されて、まだ五分も経っていない時です。タイミングが良すぎますね」
シェルシェが疑問を挟む。
「男達は私に計画について説明し、それに加担すれば相当な額の報酬を払うと約束しました。職業倫理に反するとは分かっていましたが、私は引き受けてしまいました。病気の妻のことを思うと、その、つい」
「それはもう気にしないでください。どうぞ続きを」
「男達の一人が、私に拳銃を渡しました。計画が露見するようなことになったら、それを使えと。ただ紙切れを盗んで渡せばいい、と思っていた私は怖くなりましたが、もう引っ込みがつきません。断ろうものなら、私が殺されていたのではないかと思います」
車掌は軽く身震いした。
「その拳銃はどこに?」
「リーガさんに見つかって、寝台車の廊下の窓から捨てられました。その際、『余計な事はせず、最後まで普通の車掌さんでいてください。そうすれば、何も無かったことにしておきます』と釘を刺されました」
シェルシェは軽く笑って、
「ふふっ、流石はアリッサさんの婚約者です。胆が据わってらっしゃる」
「しばらく呆然としていたのですが、とにかく、紙切れさえ持って行けば全て無事に終わるのだ、と自分に言い聞かせ、アリッサさんの個室に入って、荷物の中から懐中時計を見つけました。紙切れを抜いて、元に戻しておこうと思ったのですが」
「そこにあるはずの紙切れが無かったのですね」
「はい。アリッサさんの荷物を、もう一度丹念に調べ直しましたが、どこにも紙切れはありません」
「下着も漁ったのですか?」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、シェルシェが茶々を入れる。
「はい、って、いや、その、やましい目的ではなく、いえ、やましい目的だったんですが、その、いやらしい目的ではなく」
「ふふふ、冗談です。続きをどうぞ」
「私は頭の中が真っ白になって、何も考えられなくなりました。それから、このままだと殺される、とパニックに陥り、もう、恥も外聞も捨てて、アリッサさんに助けを求めたのです。それから先は、シェルシェさんもご承知の通りです」
「その紙切れなんですが、一体どのようなものですか?」
「大きさは手のひらに収まる位で、何かの手紙の切れ端のようなものだと言う以外には、何も聞かされてません。男達も、詳しくは知らないような素振りでした」
その時、鳴り響いた着信音に話は中断され、シェルシェは自分の携帯に出た。
「はい…………ふふふ、そうですか……ええ、気を付けて帰還してください」
シェルシェは言葉少なに通話を終えて、車掌に微笑みかけ、
「たった今、アリッサさんとリーガさんを乗せたヘリが、ファリト駅近くの小学校の上空に到達しました。お二人はヘリが着陸する時間も惜しいと、地上五メートルの高さから、ロープも使わず校庭に飛び降りて、そのまま駅に向かったそうです」




