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「とにかく、落ち着いてください」
アリッサは訳が分からないまま、車掌の手を取って立ち上がらせようとするが、車掌は這いつくばった状態から、立ち上がることが出来ない様子。仕方なくリーガに手伝わせ、二人で両側から抱えるようにして、何とかソファに座らせた。
「色々と聞きたいことはあるんですが、一つずついきましょう。どうやったら、私が車掌さんを助けることが出来るんです?」
相手を落ち着かせる為、あえて淡々とした口調でアリッサが聞く。
「紙、紙切れです。あなたが、父親のヴォーン・スルーから受け取った、この懐中時計の中に入っていたはずの、紙切れを、私にください」
車掌は震える手で、制服の上着のポケットから懐中時計を取り出して、アリッサに見せた。
「それ、私の時計ですね。客の荷物を勝手に漁ったんですか、車掌さん」
アリッサが少し呆れたような口調で言う。
と、シェルシェが椅子から立ち上がり、仮面のような微笑をたたえてはいるものの、明らかに怒りのオーラを全開にして車掌に詰め寄り、
「ふふふ、車掌にあるまじき行為ですね。あなたのした事は、私の面目を潰したことに他なりませんが、覚悟はよろしいですか?」
恐怖のあまり車掌は、ひぃっ、と悲鳴を上げて、ソファの背もたれに上半身を捩ってすがりついた。
「シェルシェさん、車掌さんがこれ以上怯えると、話にならなくなるので、その辺のお話は後にしてください。車掌さん、今、時計の中の紙切れと言いましたか?」
「は、はい。何も聞かずに、その紙切れを、私にください。そうすれば、何も起こりません。みんな、助かります」
車掌が必死に懇願する。
「父が寄こした、その懐中時計には、そんな紙切れは入ってませんでしたよ」
淡々と言うアリッサに、車掌は目を大きく見開いて、
「そんなバカな!」
「村の時計屋さんに頼んで、目の前で分解掃除をしてもらいました。けど、時計の中に紙切れなんか入ってませんでした。断言できます」
アリッサの返答を聞くと、車掌は天井を見上げて、
「終わりだ。何もかも終わりだ。はは、はははは」
株に手を出して全財産を失った人の様に、絶望的な調子で笑いだした。




