◆7◆
「遅かったわね、何かあったの?」
ラウンジに戻ったリーガに、アリッサが聞いた。
「別に何も」
リーガはそう言って、アリッサの隣に座る。
その返答の様子でアリッサは、リーガの身に何かあったけれども、リーガが一人で何とかしてしまったことを察知した。
さらに、自分がそのように察知したことを、リーガが察知したということも、察知した。
幼い頃から一緒に育ったこの二人の絆は、老夫婦を超えて、もはやテレパスの域に達していると言って良い。
だから、それ以上リーガを詮索する事はせず、アリッサはシェルシェとの話を再開した。主な話題は、二十年前の内戦時における、アリッサの父ヴォーンの伝説の数々についてである。
「まあ、父がゴキブリみたいにすばしっこいのは認めます。でも、こういう噂は伝わる間にどんどん誇張されるもんですから。話半分に聞いた方がいいと思いますよ」
「誇張された部分もあるとは思いますが、多くの証言者が生存していますからね。歴史研究家達も、事実であると認めざるを得ない件が多い、と言ってます」
アリッサが懐疑派、シェルシェが肯定派の立場を取り、議論は平行線のまま進んでいく。リーガはどちらの側にも立たず、時々口を挟む他は、置物の様に黙って座っていた。
そうこうしている内に時間が経ち、窓の外もすっかり夜景に変わった頃、車掌がラウンジに姿を現した。
車両がたいして揺れてもいないのに、その体はフラフラしており、かろうじて立っていると言った感じである。
「アリッサ・スルーさん、ですね」
車掌は憔悴しきった表情で、アリッサに声をかけた。
「はい、そうですが。何か?」
「助けて、ください」
そう言うと、車掌は膝から崩れ落ち、そのままアリッサに土下座した。
一日の内に別々の二人から土下座されるという、珍しい体験をしたアリッサは、嫌な予感しかしなかった。
「何か、困ったことでも?」
「殺されます。次の停車駅で、全員殺されます」
予感、大当たり。




