◆23◆
マントノン家の当主シェルシェ。この人が背負っているものは、あまりにも重すぎる。
もしも、その当主が田舎の武芸者モドキに手も足も出なかったという噂が流れたら、間違いなく、マントノンの家名に傷が付いてしまう。
だから、ここであったことは、ここにいる四人だけの胸に留めておくべきだ。
そうアリッサが思っていると、
「この試合の様子を録画させてもらいました。この動画についても公開して良いですか、アリッサさん?」
シェルシェはいつもの笑顔に戻って、アリッサに問いかけた。
「は?」
「黙っていたのはお詫びします。この稽古場にはご覧のように、いくつかカメラが付いているのですよ」
シェルシェは、稽古場の数か所に配置されている小型カメラを指し示す。
「それは気付いてましたけど。いや、そういうことではなくて。いいんですか、シェルシェさん。そんなことをしたら、道場経営にとって不利に働くんじゃないですか」
「ふふ、アリッサさんは宣伝というものが分かっていませんね。ミノンの試合と今の試合の動画は、マントノン家の名声を高めこそすれ、貶めるものにはなりませんよ」
「宣伝のことはさっぱり分かりません。でも、当主がどこの馬の骨とも知れぬ田舎娘に負けた、という動画が世間に流れたら、普通、評判は落ちるでしょう」
「普通はそうですね。でも相手が『伝説』なら話は別です。誰が非難出来るものですか」
「はぁ、どこまでも買い被るつもりですか」
アリッサは少し困った表情になる。
「ともかく、この動画を公開させてもらえませんか? アリッサさんがどうしても困ると言うのであれば、無理強いはしませんが」
「どうしてなのかは分かりませんが、そちらの道場にとって利益になるんでしたら、自由に公開してください」
「感謝します」
そう言って微笑むシェルシェの真意を、アリッサは理解しかねていた。
それから一ヵ月後、マントノン家の門下生が三千人以上増加したことを知った時、アリッサは、
「私には大道場の経営とか無理。やっぱり、シェルシェさんは格が違うわ」
そう言って、力なく笑っていた。




