◆22◆
「武芸の為なら死ねる、そんな風に酔ってみたくなる時もあるんです」
シェルシェは先程の試合と同じ様に、体を斜めにして金属パイプを前に突き出す形に構えた。
「私は武芸の為に死ぬのは嫌です。死なないように逃げる方法、いつもそれだけを考えています」
アリッサも先程の試合と同じ様に、何も構えずに突っ立った。
「あえて構えないのも、そういう信念からですか?」
「ええ、自由に逃げようとするなら、構えない方が楽です。時と場合にもよりますが」
「面白い話です。後でその辺りは詳しく聞かせてください。リーガさん、合図をお願いします」
「始め!」
一瞬のことだった。試合開始と同時に、アリッサはシェルシェの真正面に飛び込み、金属パイプを相手の胸元に叩き付けていた。
シェルシェの持つ金属パイプの先端も、一瞬遅れてアリッサの左肩に触れていたが、勝敗は明らかだった。
シェルシェの表情が驚愕に凍りつく。
「勝者、アリッサ」
リーガが、判定機器の赤ランプが点灯しているのを確認してから、そう宣言する。
「後退だけが逃げじゃありません。逃げ道は意外な所にあるものです」
アリッサは淡々と言った。
「お見事、です。なるほど、アリッサさんの言う『逃げ足』は中々奥が深いのですね」
シェルシェの顔に、ようやく笑みが戻る。
「ヴォルフ」
「はい」
「これから、私はしばらくアリッサさんに敗れ続けることでしょう。マントノン家の剣術が『伝説』の前に崩れさる様を、とくと目に焼き付けておきなさい。それはあなたにとって、今後十年の修練に勝る経験となります」
「はい。心得ました」
そんな姉弟のやりとりを見てアリッサは、人差し指で自分の頭をぽりぽりと掻き、
「シェルシェさん、変に買い被らないでください。ヴォルフ君、お姉さんの言うことを真に受けないでね。武芸ってのは、地道にこつこつ修練することに勝るものはないから。『一時の勝ちは終身の勝ちに非ず』って格言は、剣術の教えじゃなかったかしら」
「ヴォルフ、私とアリッサさんの言葉のどちらが正しいのか、それはあなた自身が判断しなさい」
「はい」
だめだ、この姉弟。
アリッサはそれ以上抗弁するのをやめた。
シェルシェの言った通り、その後試合すること三十数回、シェルシェはアリッサに一度も勝つことが出来なかった。
汗だくになり、肩で息をしているシェルシェの目の前で、全く疲れた様子も見せずにアリッサが立っている。
「ヴォルフ、見ていましたか」
「はい」
「これが、『伝説』です」
そう言って、シェルシェはヴォルフの頭を撫でた。




