◆21◆
「スポーツとして、ちゃんと全力でやりましたよ。いかに虚を突いて先に相手に有効打を与えるか、がこの競技の目的ですよね」
アリッサは、シェルシェに抗議した。
「ええ、相手を戦闘不能にまで追い込む真剣勝負ではありません」
「なら、礼を失したとは思いません。神かけて、全力です」
アリッサは、まっすぐに相手を見る。
シェルシェは、その視線を受け止めると、穏やかな口調に戻って、
「なるほど。失礼しました。ヴォルフ」
「はい」
「あなたが見た限りでは、先に相手を打ったのは、どちらだと思いますか?」
「分かりません。ほぼ同時でしたから」
「そう。リーガさんはどうです?」
「アリッサの方が早かったですね」
しれっと言うリーガを、アリッサが睨みつける。
あんたは本当に普段何もしないくせにこういう時だけ余計なことをしてくれるわねまったく空気読みなさいっての。
「私もそう思います。判定機器は、アリッサさんの突きを、有効とは認めませんでしたが、触れたのはアリッサさんの方が先でした。アリッサさんも分かっていたのでしょう?」
「ええと、これは、その機械が認めなければ無効になる、そういうルールなんですから、早い遅いは関係ないのでは」
アリッサは、少し不穏な空気を感じ取りつつ反論する。
シェルシェは、目を閉じて軽く息を吐いた後、アリッサに向かい、
「どうやら、問題があったのは機械の方だったようですね。ヴォルフ、判定機器の感度を最大限まで上げて。アリッサさん、すみませんが、もうしばらく、モニターとして協力してください。もしくは妹達同様、真剣勝負でもいいですが」
「モニターがいいです」
「ふふふ、残念です」
「シェルシェさんは、血気に逸る人ではないと思っていたんですが。もっと冷静な経営者のイメージで」
「アリッサさん、あなたには強い相手と戦ってみたい、という気持ちは無いのですか?」
「まったく、ありません」
アリッサは即答した。
「そこが不思議なんですよね。武芸の修練を積めば、自ずと力を試してみたいという欲が出てくるものなんですが」
「私は武芸者じゃありませんから。消火器を買ったからと言って、自分の家に火をつけたいとは思わないでしょう」
「ふふふ、面白いたとえですね。でもその場合、燃えさかる炎の中に消火器を持って突進したくなるのが、武芸者ではないかと思います」
「私は御免です。いざと言う時の備えは必要ですが、使わないに越したことはない、それが備えってもんです」
「武芸の建前はそうです。門下生、特に初心者にはそう指導しなければなりません。でも、そう訓示する本人が、心の底ではそう思っていないのですから、情けない話です」
そう言って、シェルシェは試合開始位置に戻った。




