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一階の稽古場は、普段は三十人程の門下生が使用しているが、今日は道場全体が貸し切りとなっている為、アリッサ達の他は誰も来ていない。簡素ではあるが頑丈そうな板張りの空間は、落ち着いた静寂に包まれていた。
ヴォルフが、隅に置かれた判定機器の調整を終えた旨を伝えると、防護服を着けて金属パイプを持ったアリッサとシェルシェは、稽古場の真ん中に進み出て、そこで三メートル程離れて向き合った。
「判定機器の操作はヴォルフが行うので、審判はリーガさんにお願いして良いでしょうか?」
シェルシェが、ヴォルフの側で何もせずに立っていたリーガに向かって言う。
「はい。試合領域はこの稽古場の中全部。防護服以外にパイプを当てたら反則負け。特に何か危険な状態であると判断したら中断。この三点だけ注意すればいいですか?」
「それで十分です。勝敗はその判定機器に従ってください。点灯したのが赤いランプならアリッサさん、青いランプなら私が勝者となります」
「了解しました」
そう言って、リーガも中央に進み出た。
審判と言っても、どうせリーガは何もしないだろう。
そんなことを思いながら、アリッサはシェルシェの方を見る。
シェルシェは落ち着いてはいるが、その表情の奥には、隠しきれない気持ちの昂りが窺える。
名門マントノン家の女当主と言うより、獲物を狙う通り魔に見えた。
スポーツだよね、これ。
「始め!」
リーガの合図と共に、シェルシェは、右足を前、左足を後にずらして少し斜めに立ち、右手に持つ金属パイプを前方に突き出すように構えた。
アリッサは、右手に持った金属パイプをだらんと垂らしたまま、構えもせず突っ立っている。
そのまま互いに動かず、十秒程経過した時、突如シェルシェが、前方へ弾かれたように大きく踏み込み、金属パイプをアリッサの左肩口に素早く叩き付けた。
が、ほぼ同時にアリッサがひょいと持ち上げた金属パイプの先端も、シェルシェの右脇腹を軽く突いていた。
リーガは判定機器の方をちらと見た。青いランプが点灯している。
「勝者、シェルシェ」
リーガの宣言を聞いて、シェルシェはアリッサから離れた。
「衝撃がほとんど防護服に吸収されますね。これなら、子供でも安全に楽しめそうです」
アリッサは打たれた左肩の辺りをさすりながら、感心したように言う。
シェルシェはそれに応答せず、笑顔ではあったが冷たく厳しい声で言った。
「手を、抜きましたね、アリッサさん」




