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しばらくして、表で声がした。
「ごめんください。誰かいませんか?」
その声を聞きつけたレットは立ち上がり、のっしのっしと玄関の方へ出向く。
戸を開けると、そこには十五、六歳くらいの、使い込んだデイパックを背負った少年が立っていた。
「すまんが、今、道場主は門下生と走りこみに出ている。私は道場主の知人、レット・ブリストルだ。何か用か?」
「僕はノルド・オスティンと言います。旅先のヴォーン・スルーさんから遣いを頼まれました。アリッサ・スルーさんは、いつ頃戻られますか?」
「もう戻ってくる頃だと思うが。ヴォーンが一体何を?」
「アリッサさんに、これを渡すようにと」
ノルドは背負っていたデイパックから、古びた懐中時計を取り出した。レットはそれを見て、
「ヴォーンが愛用していた時計だな」
「新しいのを買ったので、これは娘に譲る、とのことでした」
「わざわざ君に届けさせたのか?」
「旅費は十分に頂いたので問題ありません。『娘に時計を直接渡して、その時の様子を後で詳しく教えて欲しい』と頼まれました」
「相変わらず、奴の考えていることはさっぱり分からん。ああ、アリッサが戻って来たようだ」
「はい、走った後は、みんな足腰をとんとん叩いてね。叩かないと後で痛くなるから。あら、お客さん?」
走り込みを終えたアリッサは、見慣れない少年に問いかけた。
「初めまして。ノルド・オスティンと言います。ヴォーンさんから、この時計を渡すように頼まれました」
「父から? わざわざ遠い所をどうもすみません。まあ、玄関で立ち話も何ですから、どうぞ中へ。あ、レットさん。悪いんですが、子供達に冷蔵庫の麦茶を出しておいてもらえますか? 先にこの人の用件を済ませておきたいので」
「ああ、やっておく」
レットがのっしのっしと台所へ向かう。
「いえ、どうかおかまいなく、僕はすぐ帰ります。稽古のお邪魔をしては悪いですから」
「ああ、いいんですよ。あの人が子供達を見ててくれますから。昔、ここの門下生だった縁で、こうして色々手伝ってもらってるんです。さ、こちらへ。あ、靴はここで脱いで下さいね」
アリッサは居間にノルドを案内して、ちゃぶ台を用意した。
「はい、座布団どうぞ。こんな山奥まで来るのはさぞ骨折りだったでしょう」
「いえ、こういう所を旅するのは好きですから、苦になりません。ヴォーンさんの遣いを引き受けたのも、半分は自分の為のようなものです」
「父はどんな様子でした? ご迷惑をかけていなければいいんですが」
「旅を満喫されてます。三週間前にカリョーの町の宿屋で知り合いました。その時ヴォーンさんは、観光案内を楽しそうに眺めてました」
「やはり武者修行は口実で遊び呆けてるのか。我が父ながら呆れたもんだわ」