◆15◆
「ヴォルフ、言ってごらんなさい。あなたの目から見て、アリッサさんはどのような感じでした?」
シェルシェがヴォルフを促す。
「はい。マントノン家の剣術、いや、武術一般とは根本から目的が違うように思います」
ヴォルフは真剣な表情で答える。
「その目的とは?」
「我々の剣術は敵を斬ることを目的とします。ですが、アリッサさんの体術は、敵から逃げることを目的にしています」
「ふふふ。私も同感です。アリッサさん、『逃げ足道場』の名はダテではありませんでしたね」
「ご存じでしたか。ウチの託児所の別名を」
「リーガさんから聞きました」
「何度も言うようですが、道場と言っても託児所みたいなものですから。元々道場だったから、そのまま道場と名乗っているだけで」
「ヴォルフ、このアリッサさんの謙虚さこそ、道場を背負う者が持つべき人徳の一つです。よく覚えておきなさい」
「はい、しかと胸に刻みます」
「シェルシェさん、いたいけな少年の胸に、おかしな教育を刻みつけないでください。これは謙虚じゃなくて、本当のことを言ってるだけです。ヴォルフ君、あなたのお姉さんは、いいことを言っているけれど、何でもかんでも胸に刻み過ぎないようにね。まず自分で疑ってかからないと」
ヴォルフはシェルシェの方を見た。シェルシェはにっこり笑って、ヴォルフを見つめ返した。ヴォルフは頷いて、アリッサに真顔のまま向き直り、
「姉の言うことに従います」
洗脳済みだった。
「ま、まあ、謙虚なのはいいことですけどね。実力のない人間が、実力のないことをきちんと相手に伝えるのは、謙虚と言うより正直と言った方がいいと思いますね。今回、こうして大会に参加したのも、誤解を解く為ですし」
アリッサは、やれやれと言った感じに、頭を指でポリポリと掻いた。
「伝説は本物だった、と世に知らしめる為ですか?」
シェルシェはいたずらっぽく笑いながら言う。
「いや、伝説の正体が、こんなちょこまか逃げ回るみっともないものだった、と世に知らしめる為です。シェルシェさんならお分かりでしょう、あんな戦意のない行動を、マントノン家の試合でやったら破門されますよね」
「公式試合なら反則負けです」
「逃げるだけなら、素人でも出来ますし」
「ええ、その通りです。けれど、アリッサさんは逃げるだけではなく、巧みに反撃されました」
「不意を突いただけです」
「逃げ回って相手の隙を突く、これは立派に武術です」
「そうかもしれませんが、ちょっと違います。危険から逃げることが第一なんです、ウチは」
「相手を倒すことはただの手段で、あくまでも第一の目的は、『逃げること』だと言うのですか?」
「そうです。身に迫る危険から、全力で逃げて逃げて逃げまくるのが基本です。武術としては情けないですね」




