◆14◆
「残念です。もし、この子が生まれるのがもう五年早ければ、『勇者』ヴォーンの道場で、アリッサさん達と共に、英才教育が受けられたものを」
シェルシェは、再びヴォルフの頭に手をやって、軽くポンポンと叩いた。
ヴォルフは姉に何をされても、黙ってかしこまったまま座っている。
アリッサはその様子から、なぜか犬の訓練士と警察犬を連想した。
「いや、英才教育なんて大層なものじゃありません。素性の知れない怪しい自称武芸者達から、暇潰しに珍妙な稽古を受けていただけです。マントノン家の家名を背負う人間がいるべき環境じゃありませんよ」
「ところが、そんな環境で育ったアリッサさんに、マントノン家の三姉妹の内二人が、敗北したのです。門下生ならいざ知らず、最高師範クラスの二人が、です。素手対武器という、こちらに都合の良い条件の下で。名門とは何だったのかと言う話になります」
そう言って、シェルシェは少しため息をついた。横でヴォルフはじっと黙ったまま、真面目な顔を崩さずに控えている。
実に訓練が行き届いている。
「何度も言いますけど、あれは不意打ちみたいなものですから。ええと、ヴォルフ君」
「はい」
アリッサの呼びかけに、ヴォルフ少年はようやく口を開いた。
「私はたまたま、君のお姉さん達と勝負して勝ったけれど、二人のお姉さんが弱いと言う訳じゃない、ってことは分かってもらえる?」
「はい、身内びいきと言われるかもしれませんが、決してパティ、ミノンの二人は弱くはありません」
「そうそう」
「アリッサさんが強すぎるのです」
ヴォルフは真顔で断言した。
「……いや、そうじゃなくて」
「命があるだけ幸運だったと言えましょう」
「いや、あのね。不意打ちってのは、力量を覆す有効な方法なの」
「はい、その言葉しかと胸に刻みます」
「刻まなくていいから。もし、こちらの手の内を研究され尽くされたら、また話は違って来ると言うことよ」
「是非研究したいです。そしていつの日か、アリッサさんに一手ご指導願いたいと」
「うーん、どう言ったらいいんだろう」
アリッサは困ったような顔をして、口をへの字に曲げる。リーガは澄ました顔をして、シェルシェは面白そうに、それぞれ二人の話の成り行きを見守っていた。
「不意打ちを研究するのはいいけれど、やっぱり本道が大事だってこと。私やこのリーガは、色々な武芸者から断片的な知識を得たけれども、しっかりした基本が出来ていないの。剣術には『型』が大事でしょう?」
「はい」
「滅茶苦茶に剣を振り回して、たまたま相手を斬ることが出来るかもしれないけど、そういうことをする人が強い訳じゃないよね」
「はい。見かけは勇ましくても、あちこちに隙が出来てしまうと思います」
「滅茶苦茶に剣を振り回す人を、師と仰ぎたいと思う?」
「それは……」
ヴォルフは言葉を詰まらせる。それを見てアリッサは、ようやく表情を和らげる。
どうやら言わんとしたことが、分かってもらえたようだ。
「思いません」
ようやくヴォルフが言葉を続ける。
「そうよね。つまりはそういうこと」
「しかし、アリッサさんは剣を滅茶苦茶に振り回す人ではありません。動作の一つ一つが理に適っているように見えました」
ヴォルフの返答に、アリッサは少し固まった。
リーガがわずかにくすっと笑い、アリッサはそちらを睨みつけたくなるのを、何とかこらえた。




