◆3◆
一年後、道場には子供があふれていた。もちろんアリッサの子ではない。村の子供達である。
「はい、みんなそろったかなー? 山道を走りに行くわよー」
アリッサの呼びかけに、はーい、と元気な声が返って来る。
子供たちを引き連れてランニングに出ようとしていると、玄関先で筋肉ダルマと出くわした。
「あら、こんにちは、レットさん。さあ、みんなもごあいさつ」
こんにちはー、と元気な声が、筋肉ダルマこと元門下生レットに浴びせられる。
「こんにちは、これから走りこみか?」
「ええ、中で少し待っていてもらえませんか」
「そうさせてもらう。預かって来た郵便物の中に、珍しくヴォーンからの手紙も混じっていたが」
「父から? とりあえず、この子達と走って来るので、話はまた後で」
アリッサは、さあ行くよ、と子供達に向き直る。
「あのおじさん怖い」
「目が笑ってない」
「人食いクマみたい」
率直だが失礼なことを言いつつ遠巻きにしている子供たちに向かって、窘めるようにアリッサは、
「はい、人を見かけで判断してはいけません。レットさんは、顔が怖くて体が大きくて、一見人食い熊のように見えますが、内面は心のやさしい人です。郵便局に行くことがあったら、窓口のゲルンお姉さんに、レットさんのことを聞いてみてもぐむむむむむ」
アリッサはレットに背後から片手で口をふさがれた。
「子供たちに余計なことを吹き込まんでくれ」
態勢を低くしてから、くるりと身体を捩じってアリッサはレットの手から逃れる。
「はい、後から口をふさがれたら、あわてずにこんな風にすり抜けましょう。じゃあ、行ってきます」
アリッサは子供を引き連れて山道を走って行った。
レットはのっしのっしと道場に上がりこみ、縁側に腰を下ろしてアリッサの帰りを待った。