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「アリッサさん、リーガさん。よろしければ、この後、お時間を頂けませんか? 少しお話したいことがあるのですが」
シェルシェの言葉に、アリッサはちょっとの間を置いて、
「試合をしなくていい、と言うのであれば」
と、慎重に返答した。
「ふふふ、大丈夫です。そんなに警戒しないでください。お二人共、着替えが済みましたら、どうぞ正面玄関まで来てください。車を待たせてあります」
三十分後、アリッサ、リーガ、シェルシェ、ヴォルフの四人は、本部道場から少し離れた所にある、小規模な支部道場までやって来た。小規模とは言っても、三階建ての真新しいビルではあったが。
「今日、この支部道場は臨時に貸し切りにしてあります。どうぞこちらへ」
シェルシェは、アリッサとリーガに中へ入るよう促した。
「念の為伺いますが、もう試合はしなくていいんですよね?」
アリッサが入口の手前で、少し不安そうに聞いた。
「お望みなら一戦」
「いえ、望みません、結構です」
「ふふふ、冗談です。どうぞこちらへ」
応接室に通され、アリッサとリーガは、マントノン家の二人と向かい合ってソファーに座った。
シェルシェは真面目な顔になって、
「まずは、先日の三女パティの無礼な振る舞いについてお詫びします。アリッサさん、本当に申し訳ありませんでした」
深々と頭を下げた。隣のヴォルフ少年も一緒に頭を下げる。
「いえ、それはもう、妹さんとも話はついていますから。どうか気にしないでください」
アリッサは、あわててそれを制した。
「お気遣いに感謝します。さて、ここからが本題ですが」
顔を上げたシェルシェは、また笑顔に戻り、
「今や、『ヴォーンの娘』という肩書は、武芸者にとって大いに価値があるのです」
「それ、肩書と言うより、ただの血縁関係なんですが」
「『マントノン家三姉妹』と同じですね。でも世間にとって、それは一つの分かり易い肩書です。道場経営者としても、『マントノン家三姉妹』と言う肩書は、宣伝材料の一つと割り切って考えているのです」
「『マントノン家三姉妹』と言えば、名家のご令嬢で、美人で、しかも剣の達人。道場のイメージアップにはうってつけですが、私はと言えば、山奥の片田舎の託児所のお姉さんに過ぎません」
「むしろその俗世から離れた位置にいることが、アリッサさんの武芸者としての評価を高める要素なんですよ」
「別にそういう効果を狙って、わざと山奥に住んでる訳じゃありません。早い話が、おとぎ話に出て来る田舎のネズミです。都会より田舎の方が、性に合ってるだけで」
「嫌でも俗世と関わらざるを得ない人間からすれば、名声や金銭に執着のない武芸者は、確かにおとぎ話の住人かもしれませんね」
「私は武芸者じゃありません、一応、託児所の経営を通して俗世にも関わってます」
「『マントノン家三姉妹』の内、二人にまで勝ったあなたが、『自分は武芸者ではない』と言っても、もう誰も納得しませんよ」
「どちらの場合も、不意打ちみたいなものですし。武芸者がうっかり毒蛇に咬まれて倒れても、その毒蛇は武芸者じゃないでしょう」
「毒蛇ですか、強そうですね」
「ウチの村では簡単に捕まえる子供もいますよ。危ないからやめなさいと言ってるんですが」




