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これがギャング映画なら、哀れな被害者は、車の後部座席で人相の悪い二人の大男に両側から挟まれ、頭に拳銃を突きつけられ、窮屈そうにしながら護送される。
しかし、今回の場合、車内はゆったりとして広く、皮張りの長いソファが、テーブルを挟んで向かい合って配置されていて、人相の悪い大男はどこにもおらず、代わりにいるのは二人の美女だった。
片側のソファに、ミノンは大股を開いてどっかと座り込み、その隣にシェルシェが微笑をたたえて品良く座っている。
「試合を見せてもらいましたが、いや、実に面白かったです」
ミノンは、多少興奮気味に喋った。
反対側に座っているアリッサは、何もかもうどうでもいいという顔をして、
「はあ」
と、気の無い返事をした。
「リズムが読めない動きでしたあれは。こう来たらこう、という予測ができない。あのプランチャという拳闘家は二、三のリズムしか持っていないのに、あなたは数十のリズムを自在に操っていた」
「逃げることばかり考えていますから。自然とああいう滅茶苦茶な動きになるんです」
「はははは、なるほど。しかし、ただの逃げではなく、攻撃へと繋げる逃げです」
「いや、場外ルールがなければ、本当に会場の外まで逃げてます。プライドないもんで」
「アリッサさんと本当にやりあうには、平原を一つ用意しなくてはならないようですね、はっはっは。しかし残念ですが、私との勝負は、道場内に限らせてもらいます。一番大きい所でやりましょう。妹の時のように、壁や天井も使用可とします」
ミノンのテンションは上がりっ放しだ。まるで、遊園地に連れて行ってもらう前の日の子供みたいだ。
この人は、妹やマントノン家の名誉の為と言うより、ただ単に自分が戦いたいから戦うのだろう。子供の頃、道場に集まっていた荒くれ者達に、そんなタイプの人が多かった記憶がある。
だとしたら、もう試合をやめさせるように説得するのは無理、とアリッサは潔く諦めた。
「ふふふ」
そんなアリッサの心を見透かしたかのように、シェルシェが少し笑う。
やがて、マントノン家の本部道場の前に車が到着した。街の一区画を占める、と言っても過言ではない巨大な建物は、道場というには規模が大きく、競技場と言った方が良いかも知れない。維持費だけでもアリッサのような田舎者には想像がつかない金額だろう。宣伝に力を入れざるを得ないのも無理はない。
宣伝に利用される方はいい迷惑だが。
道場の内部の大半を占める広い稽古場では、ニ百人を超えるであろう門下生達が、数列に分けられて並び、一斉に木刀の素振りをしていた。
「全員、稽古をやめてこちらに注目!」
ミノンがその場の空気を震わすような大声を張り上げると、門下生達は一斉に動きを止めて、そちらへ向き直る。
「これより、アリッサ・スルーさんとミノン・マントノンの他流試合を行う。知っての通り、こちらのアリッサ・スルーさんは、『勇者』ヴォーンの伝説を一身に受け継いだ格闘界の最終兵器、と称される方である」
その言い方やめてえ、と心の中で叫んだが、ミノンに恥をかかせるのもどうかと思い、アリッサは沈黙を決め込んだ。
「なお、この試合に際して、私もしくは彼女が最悪、死亡することも考えられるが、動揺しないこと。武芸者と武芸者の勝負とは、本来そのようなものである!」
こんな物騒なことを言われても、門下生達は全く動じない。中には深くうなずいている者もいる。アリッサは少し気味が悪かった。どんな宗教なのこれ。




