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話は第一回戦の直後に戻る。
「いい試合でした。アリッサさん」
アリッサが試合を終えて控室に戻ると、そこには微笑をたたえたシェルシェ・マントノンが待ち構えていた。
その表情はあくまでも甘いが、その実、内心には凄烈さを秘めている。
借金の取立て人って、こんな感じだろうか。アリッサは、そんなことをふと思った。
「恥ずかしながら、手も足も出ずに負けました。言っておきますが、全力で戦いましたよ」
「分かってます。真剣勝負では無く、ルールに則った試合では、さぞやりにくかったことでしょう」
「それは相手も同じことです。それにプランチャさんは、付け入る隙がありませんでした」
「プランチャさんは、このまま優勝してもおかしくありませんね。もしすぐに敗退するようなら、彼女もご招待したかったのですが」
「で、そちらへはいつ伺ったら良いのでしょう?」
そう尋ねるアリッサの表情には、できれば遠慮したい気持ちが露骨に出ている。
「もう車を待たせてあります。アリッサさんは、そのままいらしてください」
「まさか、このまますぐに妹さんと試合させる気じゃないでしょうね」
「そのまさか、です」
シェルシェは微笑をたたえたまま言った。
「私を潰すつもりですか?」
「プランチャさんは、まだこの後も続けて試合ですよ?」
アリッサは、はぁ、とため息をついた。
「あなたに何を言っても無駄なような気がしてきました。伺いましょう。妹さんに直談判します」
「ミノンはもう駐車場で待っていますよ。話はどうぞ車中で」
アリッサはシェルシェの後について、会場地下の駐車場まで来た。大型車両用スペースに、車体が不自然に長く、それでも高級感の漂う黒塗りの車が停めてある。
誰がどう見てもカタギの乗る車ではない。
その車の脇に、濃紺色を基調とする稽古着を着た、輝く小麦色の短髪の、パティやシェルシェとよく似た顔立ちをした、堂々とした長身の女性が立っていた。
「初めまして、ミノン・マントノンです。本日はお疲れの所、私との試合の申し出を受けて頂き、感謝の念に堪えません」
しなやかなバネのような三女、物腰は柔らかいが芯の強そうな長女、そして今、目の前にいるがっしりとした体つきの次女。マントノン三姉妹は顔が似ていても、それぞれの個性は全く違うようだ。
「初めまして、アリッサ・スルーです。試合直後に続けての試合は、流石に遠慮したいのですが……」
「無理は承知のお願いです。何とならば、今ここで勝負したいとさえ思っています」
「他の利用客の迷惑になりますから、やめてください」
「あっはっは、残念です。では迷惑のかからない場所までご案内しましょう」
借金が払えずそのスジの人達に事務所へ連行されて行く一般市民、そんなギャング映画の一場面を、アリッサは思い出していた。




