◆11◆
フェロン大統領は特別席から、アリッサとプランチャの試合の一部始終を観戦していた。
「あれは間違いなくヴォーンの娘だな。とにかく、面倒なことから逃げて逃げて逃げまくる、まるでヴォーンの生き方そのものだ。しかし」
フェロン大統領は、口に手を当てて考え込む。
「何でしょう?」
隣に座っている秘書のクララが、大統領に聞いた。
「なぜそんな面倒くさがりが、わざわざこんな大規模な大会に出る気になったのだろう?」
その真相を知ったら、呆れ果てたことは間違いない。
「失礼します、大統領閣下、例の件について、内密にご報告したいのですが」
背後から声がした。フェロン大統領とクララが振り返ると、二十歳くらいの運営スタッフの青年が、一枚の紙を持って立っている。
「ああ、構わんよ。それが例の工事の見積もりかね?」
「はい」
青年は、持っていた紙を、大統領に手渡した。
「試合を観戦しながら、目を通させてもらうよ」
「よろしくお願いします。あの」
「何だね?」
「これは個人的なお願いで、恐縮ですが、手帳に大統領の直筆サインをもらえますか?」
青年は黒い手帳を取り出して開き、ペンと一緒に大統領に差し出した。
「構わんよ。どれ」
大統領は手帳とペンを受け取り、サインを書いてから返した。
「ありがとうございます。家族に自慢できます」
喜々として、青年は去っていった。
「私を通さないと言うことは、あまり素性のよろしくない件ですか?」
クララが尋ねた。
「まあ、そういうことだ。ここの会場の管理責任者が古い友人でね。老朽化に伴う改修工事の予算の便宜を図ってくれ、と頼まれていたのだ。正規の手続きだと、色々と面倒らしい」
「そうですか。私は何も見なかったことにします。この件が発覚しても、『秘書が勝手にやったことだ』などという、見苦しい言い訳は使わないでくださいね」
「発覚前提かね。まあ、小さな不正だが、二十年前と違って、こんな些細なことでも、マスコミに叩かれかねない時代だからな」
大統領は手渡された紙を一瞥してから、上着の内ポケットにしまいこみ、軽くため息をついた。
「それと、スタッフの一人に個人的にサインをする位は、大目に見てくれ」
「一人にサインを許して、別のスタッフ達が、我も我もと、サインを求めてやって来なければいいのですが」
「あんな風にかね」
大統領の視線の先では、試合を終えたアリッサが、会場の隅で二十人程の記者に囲まれていた。




