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審判の指示に従い、アリッサは、プランチャの右足首を離して元の位置に戻る。
プランチャもすぐに起き上がり、自陣まで戻った。右足首にダメージは無い模様だ。
試合が再開されると、プランチャは、今度はまっすぐアリッサの元へ走り寄り、真正面から拳を次々と繰り出した。
アリッサは、横へ横へと、すべるように退避し、そのままプランチャに背中を向けて走り去る。プランチャもその後を追う。枠線の端まで来て止まったアリッサの背後に、右の拳を繰り出そうとする。
その拳が伸びきる前に、アリッサの左後蹴りが、プランチャのボディにめりこんでいた。
だが、プランチャは怯まず、アリッサの背面に左の拳で攻撃した。アリッサは、場外に逃げてこれをかわす。
「場外!」
特に技がかかっていない場合、自分から場外にわざと出るのも、減点の対象になる。審判からアリッサは、再び警告を受けた。
試合再開後、相変わらず、アリッサは自陣から動こうとしない。
プランチャは、ギリギリの位置まで近づき、決して当たることのない距離から、拳を時々繰り出して、様子を窺っている。
不意にプランチャが高く跳び上がり、右足の蹴りが、空中に弧を描くようにアリッサの肩を狙う。
アリッサは地を這うようにして、プランチャの下をくぐり抜け、さらにそのまま逃げた。
それからはずっと、プランチャが追いアリッサが逃げる、という展開のまま試合が進み、やがて終了のブザーが鳴った。
「勝者、プランチャ・バジャ」
審判がプランチャの判定勝ちを宣言した。
フルマラソンを完走した後のランナーのように、全身汗だくで肩で息をしているプランチャと、井戸端会議から戻って来た主婦のように、疲労した様子がまるで見られないアリッサとが、再び試合領域の中心部で一礼の後、握手を交わした。
「負けました。付け入る隙が見つからなかったわ」
アリッサは、そう言ってプランチャに笑顔を見せる。
「何をおっしゃいますか……ルールが無ければ……私はここに立ってられなかったと……思います……いい勉強をさせてもらいました」
プランチャは息を切らしながら、汗だくの手でアリッサの手をしっかりと握りしめた。




