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「娘のアリッサが出場しているのに、父親のヴォーンは、会場にも来ていないのか」
フェロン大統領は、全国格闘大会会場の特別に用意された控室で、ソファに深く腰掛けて、秘書のクララ・ハスキリの報告を聞いていた。
「はい。監視によれば、滞在先の町の、大型量販店のテレビ売り場で、一般客に混じって試合の中継を見ているそうです。客は誰も、彼が『勇者』ヴォーンであることに、気付いていない様子です」
クララが直立不動で淡々と報告する。
「国家的英雄にしては、ずいぶんと庶民的だな。しかし、ここに来ていないのは残念だ。もし会場にいるなら、直接会って話をしたかったのだが」
「監視を通して、ヴォーンと連絡を取りましょうか?」
「いや、そんなことをすれば、あの面倒くさがりのことだ、逃げるかもしれん。それより、娘の方が心配だ。旧政府派、反政府派の残党に、狙われてはいないだろうな」
「今の所、両派に主だった動きはありません。大会参加者の中にも、両派の関係者は見当たりません。観客の中に紛れこんでいる可能性はありますが」
「アリッサ本人に、何か変わったことは?」
「ありません。強いて言えば、マントノン家の当主と、控室で少し話をしていたようです。先日、マントノン家の三女が、アリッサとトラブルを起こしたことに関係していると思われます」
「ふむ。マントノン家が、おかしなことをしなければ良いが。クララ君、私は心配症だと思うかね?」
「いいえ、一国を預かる者として、慎重な姿勢は当然です」
「ありがとう。私の心労を理解してもらえて嬉しいよ。思えば長いこと、大統領の責務に耐えて来たものだ」
フェロン大統領は、後頭部をソファの背にもたせかけ、はるか昔に思いを馳せるように目を閉じた。
「寝ないでください、大統領閣下。もうすぐ開会式の時間です」




