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「ええ、本物です、プランチャ・バジャさん。あなたの拳闘術は期待してますよ。もっとも」
シェルシェは、アリッサの方を見て微笑み、
「この人に当たってしまっては、苦戦を強いられるでしょうけど」
「いえ、試合が出来るだけでも、光栄ですから!」
有名人を前に、プランチャのテンションは、急上昇している。
「ふふ、そうですね……初めまして、アリッサさん。私はシェルシェ・マントノンです。先日は妹がお騒がせしました」
「初めまして、アリッサ・スルーです。妹さんとの一件は、その、まあ何と言いますか」
「ふふふ、お気遣いは無用です。妹はアリッサさんに手も足も出ず、試合にすらならなかったようですね」
「それは言い過ぎかと」
「それはそれとして、アリッサさん、この大会が終わったら、お時間を少し頂けませんか? ぜひ、マントノン家の剣術道場を見学して頂けたら、と思いまして」
やはりそう来たか、とアリッサはため息をついて、
「妹さんの復讐戦ですか?」
「そこまで、マントノン家は狭量ではありません。ただ、次女のミノンが、どうしてもあなたとお手合わせしたい、と言って聞かないのです。どうでしょう、妹のわがままを、聞きいれてもらえないでしょうか」
この人、腰が低いようで、実は押しが強い。
アリッサはそう思いながら、ちらと横を見れば、プランチャが目を輝かせて、事の成り行きを見守っている。ハブとマングースの対決に心躍らせる無邪気な少年のような瞳で。こちらは本当に見たままの分かり易い子だ。
「もし、今回、お時間が無いようでしたら、後日、そちらの道場に次女を伺わせます。その方が良いですか?」
「良くないです。分かりました、大会が終わったら、お招きにあずかりましょう」
アリッサが押し切られた。プランチャは、おおっ、と声を漏らし、シェルシェは微笑をたたえたまま、アリッサの手を取って握手した。
「ありがとうございます。別に、罠の類ではないので、ご安心ください。門下生一同で、一斉に襲い掛かるような真似はしませんから」
「さらっと物騒なことを言わないでください」
「ふふふ、ですがあなたにとっては、敵陣に単独で乗り込むようなものですから、こちらがいくら安心してくださいと言っても、不安が残ってしまうでしょう」
「いえ、伝統ある剣術の名家マントノン家が、そんな不名誉なことをなさらないことは、百も承知です」
「そう言ってくださると嬉しいです。でも、一応保険は付けておきました」
「保険?」
「たまたま、この大会を観戦するために首都に来ていた、あなたの道場のお身内の方を、すでに招待しています。試合にはその方にも、審判として立ち合って頂く予定です」
「身内? 父ですか」
「いいえ、そのお弟子さんで、リーガ・ドリットさんと言う若い男の方です。ご存じでしょう?」
「ああ。アレが来てましたか」
アリッサは、何やら複雑な表情になり、人差し指で自分の頭をポリポリ掻いた。




