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それから一週間後、アリッサは、エディリア共和国の首都エディロにある、全国格闘大会の会場に来ていた。道場のあるランナウェイ村から首都までは、車と列車を乗り継いで三日程かかったが、アリッサは旅の疲れを感じてはいなかった。普段、村から一歩も外へ出ないアリッサにとって、久しぶりの旅行ということもあって、少し浮かれている様子さえ見られた。
「もし、早目に敗退することになって時間が出来たら、少し首都見物をしよう」
今ここで、そんなのんきなことを考えているのは、自分だけだろうな、と思うアリッサ。
選手控室に集う参加者のほとんどは、真剣な表情で、試合を前にしてウォームアップに余念が無い。アリッサのように、何もしない人もいるが、それは少数派だ。
他の人の邪魔にならない位置に、パイプ椅子を置いてそこに座り、早く試合の時間にならないかな、と思っていると、
「アリッサ・スルーさんですね」
参加者の一人に声をかけられた。
「はい、なんでしょう」
見ると、十五、六才くらいの、黒いジャージを羽織った女の子が、期待に満ちた顔をして立っている。ぼさぼさの短い黒髪に、太いが形の良い眉、人なつっこそうな目。そして、その口調には一途な情熱がこもっている。
まるで、遊びたくてしょうがない仔犬みたいな子だ、とアリッサは思った。
「初めまして。一回戦で当たる、プランチャ・バジャと申します」
「どうも初めまして、プランチャさん。お互い頑張りましょうね」
「光栄です。『勇者』ヴォーンの伝説を一身に受け継いだ格闘界の最終兵器、と称される、アリッサさんとお手合わせできて」
いつの間にかアリッサの称号が、おかしな方向に劇的な進化を遂げていた。
「ちょっと待って。その長ったらしくて奇っ怪な称号は、どこから来たの」
「みなさんそう言ってます。さっきも、テレビ中継のアナウンサーがそう言って、詳しく解説してましたが」
「あああ」
アリッサは思わず頭を抱えた。
「私は父から伝説を受け継いだ覚えは、これっぽっちも無いし、格闘界の最終兵器と言うよりは、ただの平和ボケした田舎娘だから」
それを聞いても、プランチャは落胆する様子もなく、
「マントノン家の三女を撃退したのは、本当のことですよね」
「あー。その、一回勝ったからと言って、実力が上とは限らないし。って言うか、その噂はどこから来てるんだろう」
「マントノン家の長女が、三女から直々に聞き出したそうです。それから、『ヴォーンの娘に、勝手に戦いを挑んではならない』、と門下生に訓戒したらしいですが」
「あ、そうなの。それはありがたい話ね」
「いえ、続きがあって、『次女ミノンが万全を期して、彼女に挑む予定だから』ということです。マントノン家の支部道場に通っている友人から聞いた話なので、間違いありません」
「うわ、迷惑なマントノン家」
「ご迷惑だったかしら?」
背後から別の声がした。
アリッサとプランチャが振り返ると、光沢のある小麦色をした長い髪の女が立っていた。その露出度の高い服のデザインと、どこか見覚えのある綺麗な顔立ちを見て、アリッサは非常に嫌な予感がした。
「シェルシェ・マントノン!? マントノン家三姉妹の長女の、本物?」
プランチャが興奮して口走った言葉で、アリッサは、自分の嫌な予感が当たってしまったことを悟った。




