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「はいはい、みんな、そんなに笑わないの。レットさんはああ見えて、結構お茶目な所がある熊、じゃなかった、人なんです」
アリッサは、自分も少し笑いそうになるのをこらえながら、子供達にそう言い聞かせた。
「先生、それ、フォローになってない」
子供の一人が言うと、また笑いの波が起こり、静まるまでに少し時間がかかった。
「最後に、みんなにお知らせがあります」
その日の稽古を一通り終えてから、アリッサは子供達に言った。
「先生は、一週間後に全国格闘大会に出るので、その前後はしばらく道場をお休みにします」
「もう知ってるよ。村の人みんな」
「さすが、村のおばちゃん情報網は仕事が早いわね。それで、みんなに約束して欲しいことがあります。」
「何?」
「先生が負けても、がっかりしないこと。大会に参加する人は、みんな強いからね」
「先生は、もっと強いよ」
「はは、ありがと。でもね、全国ともなると、もう想像もつかないような強い人達が、一杯いるのよ」
「でも先生、この前、すごく強い人に勝ったでしょ」
子供の一人がそう言うと、皆が一斉にざわつき出した。
「マントノン家から送り込まれた、しかくだって」
「マントノン家って強いの?」
「剣術で一番強いところだよ。道場がたくさんあって」
「でも、先生が半殺しにしちゃったって」
「最後は泣いて謝ったって」
「待て待て、君たち。それどこ情報?」
アリッサはたまりかねて口を挟んだ。
「村の人、みんなそう言ってるよ、違うの?」
「あ、うーん。まあ、その、少し違うから」
アレが泣いたのは、盗撮写真を消されたから、という情けない理由だったとは、さすがに言えない。
「ともかく、先生は不意をついて勝っただけだから。まともに戦ったら、どうなったか分かりません。一番怖いのは慢心、つまり、自分は奴に勝ったから強い、といい気になることです。慢心は人をダメにします。みんなもそういうことあるでしょう? うまくいったことを、もう一度やってみたら、全然ダメだったこと」
子供達は、めいめいが「あるある」と答えた。
「それと、勝負に負けたからといって、その人をバカにしたり、悪口を言ったりするのは、何であれよくないことです。そもそも、ウチの道場の基本は『逃げ足』です。真っ向から勝負した時点で負けです。先生が、うまく相手を説得できなかったのも、実はよくないことです」
ちょっと難しかったのか、子供達は、よく分からない、と言う顔をしている。
「じゃあ、なんで大会に出るの?」
「勝負しに行くんでしょ?」
「う……」
素直な疑問をぶつけられて、アリッサは困惑した。父のせいで自分にまとわりつき始めた、実体の無い「勇者の娘」と言う大げさな称号を、ぶちこわしに行くのだ、と本音を言えば、ますます子供達は困惑するだろう。
「ええとね、つまり、逃げ足の修練の一つ、かな。強豪を相手に、どれだけ逃げ切れるかを試してみようかと思ったの」
「逃げ回るために勝負するの?」
「そう、でもそう簡単には逃がしてくれないわよ。全力で逃げて逃げて逃げまくるからね」
自分でも、何を言ってるのか、よく分からなくなってきたアリッサだった。




