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「レットさんも、格闘大会の男子の部に出たらどうです。それこそ、優勝を狙えるのでは?」
「私は、スポーツ化した武芸は、あまり好かない」
レットは気乗りしない様子で、アリッサに答えた。
「そうですか。でも、大会の要項をプリントアウトした紙が、居間に置いてあるので、興味があったら読んでみてください」
「一応、目は通しておく」
「では、そろそろ子供達が来る頃なので、私は稽古場に行きます」
アリッサは稽古場へと向かい、その後からレットは道場に上がり込み、のっしのっしと居間の方へ歩いて行った。
アリッサの言った通り、居間のちゃぶ台の上に、新しく印刷されたばかりの書類が数枚置いてあった。レットは座り込み、それらを手に取って熱心に目を通す。
「試合領域は二十メートル四方か。やや広めだな。首から上への攻撃は禁止で、背面への攻撃は許可されているのか。ふむ」
レットは、何かぶつぶつとつぶやきながら、大会の要項を見ていたが、不意に立ち上がり、
「こう突きを繰り出して、相手がこう払う、そこで下段からこう、相手がこう来て、こちらがこうだから……」
何も無い空間に向かって、突きや蹴りを繰り出し、終には見えない敵と戦い始めた。
その姿は、民家に侵入した熊が、不思議な踊りを踊っているようにも見えた。
熊はしばらくの間、様々な試行錯誤を繰り返していたが、
「いや、待て。顔面への攻撃が禁止されている訳だから、ここのガードは必要ない、ならば、これは……うむ、いける!」
レットは居間を出て、のっしのっしと稽古場へ向かった。
「アリッサ、新しい技を思いついたんだが、ちょっと組手の相手をしてくれないか?」
稽古場に着くなり、レットは興奮した様子で中に声をかける。そこには、すでにたくさんの子供達が来ていた。
「あの、レットさん? 今、子供達の稽古の最中なんですが」
指導をしていたアリッサが、困惑した面持ちで言う。
「あ、すまん。続けてくれ」
レットは少し赤くなり、子供達のどっと笑う声を背に聞きながら、のっしのっしと稽古場を後にした。