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「悪い噂が広がるのを防ぐために、全国格闘大会に出ようと思うんです」
夕方、子供達が来る一時間ほど前、道場に郵便物を届けに来たレットに、アリッサはこう告げた。
それを聞いた途端レットの顔は強張り、ただでさえ熊みたいな顔が、さらに熊のようになった。
熊人間コンテストがあったら優勝できるだろうな、などとくだらないことを思いながら、アリッサは、
「レットさん、そんなに睨まないでください」
「睨んでない。お前の言っていることが、今一つ腑に落ちないだけだ」
「まあ、考えてもみてください。マントノン家との一件以来、私には『勇者の娘』と言う悪評が定着しつつあります」
「それは悪評なのか」
「悪評ですよ。父は父、私は私です。ここは一つ公の場で、本当の私の力量を世間に知らしめることで、誤解を解きたいんです。『なあんだ、勇者の娘と言っても、普通の人じゃないか』という具合に」
「マントノン家の三女を倒したお前が、自分は普通だと言い張るか。しかし逆に、その大会でお前が勝ち進めば、『勇者の娘』という称号は、より一層世間に認めらてしまうと思うが」
「全国の強豪を相手に、そう簡単に勝ち進めるとは思えません。多分、私なんか井の中の蛙ですよ。それにルール上の問題もあります。たとえば、試合中に逃げ回ると減点されるとか」
「無理にでも攻勢をとらなくてはならないのか」
「ええ、『逃げ』を主体とする、ウチの流儀と相性が悪すぎるんです。判定にもつれこめば、すぐ敗退ですね」
「まさかとは思うが、すぐ敗退するつもりで出場するのではないだろうな」
「いえ、もちろん出るからには全力でやります。武芸を侮辱するような真似はしません。だから、そんなに睨まないでください」
「睨んでない」
レットは腕を組み、目を閉じてしばし考え込んだ。そのまま寝てしまったのではないか、とアリッサが疑いかけた頃、
「行って来るがいい。元より、私が決めることではない」
「はい、行って来ます。当日はテレビ中継があるみたいですから、まあ暇があったら見てください」




