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マントノン家の三女パティが去った後、アリッサの道場には、何事も無かったかのように、いつもの日常が戻って来る。
はずだったが、数日も経たない内に、パティとの一戦は広く世間に知れ渡っており、日用品の買い物に山を下りたアリッサは、村人から色々と質問攻めに遭っていた。
「一体、誰がばらしたんだろう?」
ノルド君だろうか。一番可能性があるのは彼だ。口止めしておいたものの、村の噂好きのおばちゃんに捕まって、誘導尋問を受けたら、ひとたまりもない。現に自分もひとたまりもなかったし。
もしくはパティ本人か。しかしマントノン家の不名誉になることを、自分から世間に言いふらすとも思えない。
または、誰か他に目撃者がいたのか。あり得ないことではないが、心当たりがない。
とにかく、「パティがマントノンの家名を背負って、『勇者』ヴォーンの娘にナイフコンバットを挑み、逆に素手で叩きのめされた」、という事件は、もう広く知れ渡っている。
「まさか、私が自分から言いふらした、と思われてないでしょうね。マントノン家から、苦情が来なきゃいいんだけど」
人里離れた山の中にある、この平和な道場に、マントノンの門下生達が押しかけて来たら、どうしよう。
「考えるだけでも面倒くさいわ。子供たちにも迷惑がかかるし」
それに、子供を預かる商売をしている以上、過度に恐怖感を与えては、マイナスイメージになる。
「勇者」ヴォーンの娘と言うこともあり、親御さん達は、
「アリッサさんは普段はやさしいけれど、本当は怖い人なんだ。だからよく言うことを聞くんだぞ」
と、子供達を脅しているが、アリッサが実際に、子供達に手厳しくしたことはない。
ヌルさが売りだし。道場とは名ばかりの託児所だし。
だが今や、道場破りを半殺しにした、という物騒な事件が発覚してしまった。
「もう道場に通うのやめる、とか言い出す子供が出るかも」
例の株売却で得た資産が残っているから、別に託児所をやめても生きてはいけるが、「託児所のお姉さん」から「無職浪人女」へのジョブチェンジは、何か嫌だ。
やはり、父がひたすら戦いを避けているのは、正しい選択だったのか。でもそのツケが、娘に全部回って来る仕組になっているのは、いかがなものか。
買い物から戻ったアリッサは、居間でちゃぶ台の前に座り、ため息をつきつつ、テレビを点けてみる。ちょうどニュースの時間だったが、流石にこんなローカルな事件は、テレビでは取り上げていない。
だが、アリッサの関心を引くニュースが一つ、報道されていた。
「……諸流派を統一ルールの下にまとめた、新しい格闘技を開発していこうというプロジェクトの一環として、首都で格闘大会が催されることが決定しました。現在出場希望者を募集しており、すでに各流派から多数の参加表明がなされています」
「これだ」
思わずアリッサは膝を打った。