◆17◆
アリッサは、背後で両腕が固定された状態のパティを、無理やり立たせた。
「はい、そのまま、歩いて歩いて」
アリッサは手押し車を操作するように、パティの両腕をつかんだまま、前に歩かせる。稽古場を出て、廊下を通って玄関まで来る。両手がふさがっているので、右足を器用に使って戸を開け外に出る。
二人は道場をぐるりと回って、少し離れた所にある滝壺までやって来た。
「はい正座」
アリッサがパティのひざの裏を蹴飛ばすと、パティはがくんとくずおれ、滝壺の縁で正座する格好になった。
アリッサは、パティの両腕を背後でつかんだまま、前方に傾けていく。パティの上体は、それにつれて前のめりになり、滝壺の水面に近づいていく。顔面が水から数センチのところまで来た時、
「もうこんなバカなことはしない、と約束してくれますか? さもなくば水責めですが」
アリッサは、世間話でもするような口調で、さらりと恐ろしいことを言った。
「……っ、好きにするがいい!」
「じゃあ好きにしますよ」
アリッサはパティの両腕をさらに前方に傾け、パティの頭は水の中へゆっくり沈められた。
しばらくはそのまま何も起こらなかったが、一分ほどするとパティはもがき出した。さらに十数秒後に、大きい気泡が水面に浮かび、より一層もがきが荒々しくなる。
が、アリッサの手はパティの両手首をがっちりとつかんで離さない。
少ししてから、パティの上体をゆっくり起こし、
「もう一度聞きます。こんなバカなことはしない、と約束してくれますか?」
「えほっ、えほっ…殺すなら、こ、殺せ……」
返答を聞くとアリッサは、激しくむせるパティの顔面を再び水に漬けた。
今度は二十秒ほどで、激しくもがき始めた。アリッサは再びパティを起こす。
「もう一度聞きます。約束してくれますか?」
「えごっ…えごっ…」
水を吐きながら口がきけない状態のパティを、再び水に漬けるアリッサ。
そんな人道に外れた過酷な拷問を、二十回ほど繰り返した後、
「もう……分かった…やくそくし…えぐっ…えぐっ…」
パティは息も絶え絶えに、ようやくそれだけ言うことが出来た。
「よろしい。反省してください」
アリッサはパティを地面に横倒しにした。ぐったりとして、起き上がる気力も無いパティ。時々、激しくむせている。
「呼吸が整ったら道場へ入って。濡れた服を着替えて――」
そこでアリッサは、背後からの視線に気づいた。
振り向くと、今度こそ本当に道場を去って行ったはずのノルドが、滝壺から二十メートル程離れた所で、真っ青な顔をして、こちらを見ている。恐怖に立ちすくんで動けなくなった小動物のように。
「えーと……今の見てた?」
アリッサは、ノルドに恐怖感を与えないように、ゆっくりと近づいて、穏やかな口調で話しかけた。
「は、はい。のぞき見するつもりはなかったのですが、その、ちょっと声をかけづらくて」
ノルドは平静を装ってはいるが、少し震える声で答えた。
アリッサは、はぁ、とため息をついて、自分の頭を人差し指でポリポリとかき、
「ノルド君」
「はい」
「このことは、他言無用にしてもらえるかな?」
「……はい」
「助かるわ」
アリッサは、呼吸が落ち着いてきたパティの手を引いて立たせ、そのまま道場の中へ連れて行った。




