◆16◆
稽古場の真ん中で、アリッサは不機嫌そうに口をへの字に曲げ、腕組みをして立っていた。
「できれば、そのナイフは使わないでもらえませんかね。稽古場に余計なキズをつけたくないので」
「できれば、余計な抵抗はやめてくれないかしら。私もあなたのお肌に余計なキズをつけたくないの」
パティは体勢をやや低くしてナイフを前方に構え、少しずつ間合いを詰めて来た。
アリッサは後方へ一歩下がる。
「着ているものを、一枚ずつ、切り刻んであげる」
パティの息が、興奮で荒くなってきた。
「マントノン家の三女ともあろう人が、こんな変態だとはねえ」
そう言って、アリッサはまた一歩下がる。
「まずはその可愛い足を露わにしてあげる」
パティは、じりじりとアリッサを稽古場の端に追い詰めて行く。
アリッサは、一歩また一歩と後退し、もう一歩で壁に到達する所まで来た。
「バカな真似はやめませんか。今やめれば、私は何もなかったことにしますけど」
「追い詰められた状況で、顔色一つ変えないのは、流石ヴォーンの娘ね」
「やめないんですね」
アリッサがさらに一歩下がる。と、そのまま背後の壁を、後向きに駆け上がった。まるで足が壁に張り付いているかのように。
パティの表情に驚きと緊張が走る。反射的にナイフの位置を上げ、防御の体勢をとる。
アリッサはそのまま壁を上り切ると、さらに後向きのまま天井を走って、パティの頭上を通り過ぎて行った。
パティは信じられないと言った顔で、それでも体の向きを反転させて攻撃に備えようとする。
その反転の動きが終らぬ内に、アリッサは天井を蹴って急降下し、パティに飛びかかって、床に組伏せた。パティのナイフを持つ右腕をつかみ、一度上へ持ち上げてから、肘の内側の部分を床に思いっきり叩きつける。
「ひっ!」
激痛に思わず悲鳴を上げるパティ。ナイフは鈍い音を立てて、床に転がった。
「もうバカな真似はしないと約束してくれますか?」
アリッサは背後から、パティの両の手首をそれぞれつかんで腕を持ち上げ、波乗り固めの形に極めた。
「痛っ……いいじゃない裸になってくれるくらい! 写真はヴォーンに見せた後、個人で楽しむだけにして、ネットに流したりしないから!」
「流されてたまるかっ!」
アリッサは、パティの背後で固定している両腕の間隔を、少し狭めた。
「痛っ、痛っ!」
「もう一度聞きます。もうバカな真似はしない、と約束してくれますね?」
「ええい、折るなら折れ! 武芸者たる者、その位の覚悟は出来ている!」
「ああもう、変態かと思えば、変な所でプライド高いわ、この人」
アリッサはため息をついた。