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アリッサが玄関の前を箒で掃いている所へ、面識の無い若い女性が訪ねて来た。
「おはようございます。あなたがヴォーンさんの娘さん?」
「おはようございます。そうです、アリッサといいます。何か御用ですか?」
美人で背が高い。モデルさんだろうか。ほっそりとした体つきをしているが、弱々しくはなく、むしろバネがありそうな感じ。スタイルによほど自信があると見えて、露出の多い服を着ている。
しかしそんなことより、腰のポーチから飛び出している、戦闘用ナイフの柄の方が気になる。
アリッサが、そんなことを思っていると、女は辺りを見回してから、
「今、あなたは一人?」
「山奥なので、めったに人は来ません。夕方になると子供達が集まって来ますが」
「ちょうど良かったわ。二人きりで、お話したいことがあるんだけれど」
「じゃあ、中へどうぞ。あ、ウチは履物を脱いで上がってください。そういう様式なので」
アリッサは箒を玄関の脇に立てかけると、先に立って、女を道場の中へ案内する。
女が怪しい目つきで、上から下まで舐め回すように、自分の後姿を見ていることに気付いてはいたが、アリッサはあえて素知らぬ顔をして、彼女を居間へと通した。
アリッサが茶を淹れ、ちゃぶ台を挟んで二人は向かい合って座る。
「どんな御用でしょう」
「私は、パティ・マントノン。マントノン家の三女と言えば、分ってもらえるかしら」
「剣術の名門ですね。都心に大きな本部道場があって、全国に支部道場が百以上あるとか。ウチの名ばかり道場とは大違いです」
「名門と言われてるけど、近頃は門下生の数も減って来ていてね」
「ウチなんか、一時は門下生がいなくなりました。それだけ平和な時代になった、ということなんでしょう」
「そこで、宣伝が必要だ、ということになったの」
「この山奥の村にまで宣伝ですか? 近所に支部道場を作る予定でも?」
「支部道場をむやみに増やしても、解決にはならないわ」
パティはにやりと笑って、アリッサをじっと見据え、
「宣伝と言うのは、マントノン家の武名を轟かすことよ」
「はあ、大体察しは付きました。父を倒して宣伝材料にしようってことですね」
アリッサは他人事のように淡々と言う。
「娘さんには悪いけれど、これも武芸者の宿命なの」
「残念ですが、父は今、この道場をほったらかして、のんきに旅に出ています。カリョーと言う町で、物見遊山してるそうです。面倒くさがりなので、試合は断ると思いますが、一応、そこへ行ってみたらどうでしょう」
「もう行って来たわ。ヴォーンさんに試合を申し込んで、断られたの。相手にその気が無いのに、一方的に襲撃する訳にもいかないでしょう」
「ああ、やっぱり。まあ、『勇者』と言っても、父ももう過去の人ですし、他に有名な武芸者は、まだまだたくさんいますから。別口を当たった方がいいと思います。正直、今の父を倒しても、もう何の自慢にもならないかと」
「ご謙遜ね。自慢にならないどころか、これ以上の人物はいないわ」
「買い被りですよ。噂が実物以上に独り歩きしてるだけです」
「そこで、あなたにお願いがあるの」
「父にあなたと試合するように頼めと? 無理です。私の言うことなんか聞きませんから」
そう言って、アリッサは茶を啜る。
「近いわ、でもそうじゃなくて」
パティはポーチからコンパクトカメラを取り出し、
「あなたの裸を撮らせてくれない? とりあえず服を脱いで、そこに横たわって」
アリッサは、思わず口に含んだ茶を噴いた。




