◆12◆
「まあ、無理に下山せず、灯りを頼りに戻って来たのは賢明よ。遭難したら命に関わるからね、本当に。今日はウチに泊っていきなさいな」
アリッサは、意気消沈したノルドを励ますように、声をかけた。
「ご迷惑をおかけして、本当にすみません。悪い噂が立たなければいいのですが」
「悪い噂? あはは、子供が気を回しすぎ。村の人は誰も、私が、見境なく男を道場に引っ張り込むような女とは、思ってないから」
そう言ってから、アリッサはあわてて手を口に当てて、
「おっと、下品な言い方してごめんね」
「いいえ。でも、アリッサさんは、人の子供を預かる仕事だけあって、信用されてるんですね」
「もっとも、別の方面では、言いたい放題言われてるけれどね。『格闘マシーン』とか『熊殺し』とか」
「年頃の女の子に付けるあだ名じゃありません、それ」
「武芸者の娘ってだけでこの扱いよ。村では子供が言うこと聞かない時、親御さんが『わがまま言うと、アリッサさんにおしおきしてもらうよ』と脅すそうよ」
「するんですか」
「いや、本当にやったら、私が親御さんにお仕置きされるから。ま、それはいいとして。ちょうどご飯食べてた所だから、ノルド君も一緒にどうぞ」
その後、アリッサと夕飯を共にして空腹が満たされると、ノルドも元気を取り戻した。
食後のお茶を飲みながら、話題は旅先でのヴォーンの事になり、
「そんな感じで、ヴォーンさんは、喜々としてあちこちを見物していました」
「修行はどうしたのかしらねえ。娘をほっぱらかしておいて、まあ」
「やはり、道場にいてもらった方がいいですか」
「どっちでもいいわ。いても何もしないだろうし。道場主に向いてないことは、自分でも分かっていたのね。現にこうして、私に道場を丸投げしてる位だし」
「優れた武芸者が、必ずしも優れた指導者にはならない、とはよく言われますが」
「優れた武芸者ってのも、あれね。内戦時代の行いに、尾ひれがついて伝説化しちゃった感があるから。巷で流布されてる武勇伝を、一つ一つ検証すると、伝説が崩壊して何も残らないわよ、ウチの父」
「でも、武芸者として一流だということは、確かでしょう」
「うーん、一流ねえ。何の一流かによるわね。そもそも、いくら鍛えても、銃で撃たれたら終わりだし」
「それは、話が極端すぎます」
「父も私も、武芸にロマンなんか求めていないことでは、意見は一致してるの。あくまで技術だと。一流の人達は、武芸を通じて、より高い精神性を追求していく所があるけど、ウチにはそれがない」
そう言って、アリッサはお茶を一口飲む。
「身に迫る危険から、全力で逃げて逃げて逃げまくる。それがウチの基本方針よ。分かりやすいけれど、精神性としてはかなり低レベルよね」