◆25◆
ヴァルゴは道場の玄関を少し出た所で、フェロン大統領に報告の電話をした。
「どうやら、約束は守ってくれた様だな、ミディ。こうして、生きて私からの電話に直接出てくれたことに、心から感謝する」
「そこまで君に感謝される筋合いは無いよ、ヴァルゴ。実は昨晩、寝る前に自殺を試みたのだが、毒を飲む寸前に、クローゼットから飛び出した秘書に阻止されてしまった。それで、こうして仕方なく生きているだけだ」
フェロン大統領が淡々と述べた事実を、ヴァルゴはおざなりに軽く笑って、
「それだけ冗談が言えれば大丈夫だ。心配して損したな。さて、携帯で詳しい事は報告出来ないから、手短に要点だけ言おう。アリッサは『紙片』を持っていなかった」
「本当か?」
「ああ、ヴォーンから譲られたのは懐中時計だけだ。そこに『紙片』は入っていなかった」
「では『紙片』はどこに?」
「まだヴォーンの手元にある。個人的には、もう処分されていると思うがね。いずれにしても、『紙片』が世間に公開される恐れは無くなった」
「そうか」
フェロン大統領は安堵の吐息を漏らす。
「それにアリッサ達は、君の事を咎めるつもりはないそうだ。が、一つ君に伝言を頼まれた」
「話せる範囲で教えてくれ」
「特に機密事項を含んでいる訳ではないから大丈夫だ。『二十年前の内戦の様な、この国を揺るがす大事件が起こらない様に、表の顔でも裏の顔でも、全力を尽くしてください』、以上だ」
それを聞いたフェロン大統領は、しばらく沈黙した後、
「……それはつまり、私に次の大統領選にも出ろと言う事か?」
地雷原を素足で歩くことを命ぜられた囚人の様な、絶望的な口調で尋ねる。
「私と同じリアクションをしないでくれ。単に、『大統領を辞任しても、出来る範囲で頑張れ』、と言う事らしい」
「娘の方は父親より温情的だな。ならば、『出来るだけ希望に沿えるよう努力する』、と伝えてくれ」
「うむ。携帯で話せる範囲の報告は以上だ。詳細は、またそちらへ戻ってから直接話す。それまでは生きていて欲しい」
「ああ、大丈夫だ。あの秘書が、そう簡単に私を死なせてくれるとは思えない」
「有能な秘書だな。よくお礼を言っておいてくれ。では」
ヴァルゴは、そこで通話を終了した。




