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アリッサは懐中時計を弄ぶのをやめて、再びちゃぶ台の上に置いた。
「ノルド君、父と会ったのは三週間前、って言ってたわね?」
「はい」
「今日、父から手紙が届いたのだけれど、ノルド君のことは、一言も書いて無いの。消印は一週間前になっているから、手紙を投函した時は、ノルド君ともう会ってるはずよね?」
「あ、でも、その手紙より先に僕がここへ着いてしまうと思っていたのでは? 手紙に書くより僕の口から説明した方が早い、と考えてのことかも知れません」
「面倒くさがりだから、それもあり得るわね。ふむ、それはともかく、遠路はるばる、父の気まぐれに付き合ってもらって、悪かったわね」
「いえ、おかげでいい経験をさせてもらいました」
そう言いつつも、ノルドの表情は再び少し曇る。
「まさか、子供にあれほどたやすくあしらわれるなんて思いませんでした。子供でさえあれほどの『逃げ足』なら、その師であるアリッサさんは、どれだけ『逃げ足』の達人なのか想像もつきません」
「ほめられてるんだか、ほめられてないんだか分からないわね」
アリッサは苦笑した。
「いや、本当に私なんかたいしたことないから。武芸者と言うより、託児所のお姉さんだから」
ノルドは改めて、目の前のアリッサを見た。
娘だけあって、どこか父親のヴォーンに面立ちが似ている。大きなぱっちりとした目に、そこそこ整った顔つきだが、なぜか美少女と言う雰囲気では無い。化粧っ気が無く、短髪ということもあって、むしろ男の子っぽく見えるからだろうか。
その短めでややクセッ気のある髪を、人差し指でぽりぽりとかきながら、力なく笑うこの人からは、武芸者特有の殺気が感じられない。背筋はまっすぐでしゃんとしているが、動作は柔らかく、全体としては親しみ易い感じが勝っている。
託児所のお姉さん、か。なるほど、親はこの人なら、自分の子供を預けても大丈夫と思うだろう。
「あ、痛っ」
不意にアリッサが小さく叫ぶ。
「どうしました」
「髪の毛が指に刺さっちゃった」
アリッサは枝毛が刺さった人差し指をノルドに見せた。
この人は、本当に武芸者に見えない。




