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エディリア共和国第十五代大統領ミディ・フェロンは、執務室のパソコンで、古いニュース動画を見ていた。
ディスプレイには、救助隊の制服を着た、まだ二十歳そこそこの青年が、壇上で演説をしている様子が映し出されている。
「……今回の内乱を引き起こした二つの勢力、すなわち反政府派、旧政府派は、現時点でほぼ制圧された。つまり、私のような得体の知れぬ若造が、『勇者』というこれまた得体の知れぬ呼び名の下で、ここにいる理由はもう存在しない。ここから先は、現政府が法と秩序に則ったやり方で、混乱収拾の仕上げをするべきだ、と私は考えるがいかがだろうか」
コンコン、とノックの音がする。フェロン大統領は動画を一時停止した。
「入りたまえ」
「失礼します。閣下」
大統領秘書のクララ・ハスキリが執務室に入って来た。フェロン大統領は彼女を招き寄せて、ディスプレイを指差して尋ねる。
「君はこの動画を見たことがあるかね」
フェロン大統領が椅子を引いて空けた場所に立ち、クララは画面を一瞥した。
「エロ動画を親子ほども年の違う女秘書に見せてセクハ……ではなく、二十年前の内戦を収拾に導いた『勇者』ヴォーンの引退演説ですね。中学校で社会科の時間に見ました」
「この動画には映っていないが、私はこの演説を直接その場で聴いていた。大統領でも何でもない、ただの民間救助隊の隊長としてね。その頃はまだこの髪も黒々としていたよ」
そう言って、大統領は半分白髪が混じった自分の頭を軽く撫でた。
「まあ、禿げるよりはましではないかと」
「全国の薄毛に悩む中高年男性に謝りたまえ。『勇者』に話を戻すと、奴はこの演説を最後に、一人悠々自適の生活に入ってしまった。全てを私達に投げ出して、だ」
フェロン大統領は動画を再開した。
「……これからの時代に必要なのは、早急かつ秩序だった復興であり、『勇者』ではない。だから私は今日を最後にこの中央の舞台から降りる。歴史と言う名の時計の針を、再び逆回転させることのないことを切に願って」
画面の中のヴォーン青年は、懐中時計を取り出し、聴衆に良く見えるように高く持ち上げた。その場面で、再びフェロン大統領は動画を一時停止する。
「演説の後、山に籠って世捨て人となったこの『勇者』ヴォーンは、どんな気まぐれを起こしたのか、最近山を下りて、また俗世を徘徊しているらしい。もう過去の英雄だが、反政府派や旧政府派の執念深い残党共にとっては」
「今もなお、殺しても飽き足らぬ存在です。ヴォーンに警護を付けましょうか?」
「ああ、頼む。しかしそんなに物々しくなくていい。仮にも『勇者』と呼ばれた程の武芸者だ。それとなく、動向を監視しておけば良い」
「分かりました。早速手配します。スーパーで不審者をマークする万引きGメンのような感じで 」
「いや、もう少し緩めでいい。そうだな、池で亀が泳いでいるのをベンチに座ってじっと見ている老人のような感じで頼む」
「ではその方向で」
「何事も起こらない内に、山へ戻ってくれればいいが」
フェロン大統領は画面の中の若者をじっと見ていた。