セックスがしたい。

　そう思った理由なんてどうだっていい。ただ、セックスがしたいって事実が大事。

　部屋のベッドに寝転べば、手にしゃくっ、とビニール袋があたる。学校帰りに寄った本屋。制服のままでエロ本が買えてしまうのはどうなんだろう。世の中ルールなんて形だけ。腐ってる。

　開けた雑誌の中では品のない女たちがその肌をただただ露出している。そんな腐った世の中から与えられる刺激に飼いならされた僕。慣れたらどんどん強いのが欲しくなる。こんなので興奮できるわけないだろ。下品な女の茶色い乳首は見飽きてしまった。

「瀬良《セラ》くんは平気でこういうの買うんだね」

　葛貫《クズヌキ》は僕の隣でそう言っていた。少し居心地悪そうにして、どこに視線を向けていいのか分からない、といった感じでそこにいた。

「女の子と一緒のときは普通買わないけどね。まあ、クズとならどうでもいいよ」

　そう言って僕が雑誌の女を適当に見せると、葛貫は耳まで真っ赤になって、やめてよ、なんて視線を逸らした。何かまととぶってんだよ。自分の体とさして変わらないだろ。まあこの女たちよりかなり貧相なんだろうけど。なんて僕は悪態をついて、いい雑誌がないかその場を物色した。

　葛貫はこういうことに対しての耐性がほとんどないように思えた。まず基本的に地味なやつだし、周りにいる女子も地味だし、こんな話はきっとしたことがないんだろう。保健体育の授業レベルの知識しかないんじゃ無いのかと思う。もちろん、男の影なんか一切無いし。

　葛貫が話す男子は僕だけだ。理由は簡単なことで、ただ、家が近くて、小さな頃から一緒にいたから。それだけ。俗に言う、幼馴染みってやつなんだろうけど、僕はその言葉で葛貫と繋がるのが嫌いだ。なんとなく、嫌いだ。

　だから葛貫の体はきっと、誰にも触られたことがない。あの血の気のない白い肌には、誰の跡も存在しない。ただただ、真っ白。他の色があるとすれば、小さな膨らみの頂点。茶色ではなく、桜色。

　なんてね。

「もう帰ろうよ、瀬良くん、瀬良くん」

　葛貫は少しむくれていた。でも、ひとりで帰る気はないみたいで、僕の後ろを金魚の糞みたいにくっついてついてくる。僕はそんな葛貫の言葉を完全に無視して、相変わらず雑誌を漁っていた。

「瀬良くん……ちょっと、ねえ、………ヨシくん！！！」

　葛貫はそう言って、強引に僕の腕を引っ張った。

「私、普通の本が見たい」

　葛貫は外国人みたいに片言でそう言って、そのまま僕の腕を引っ張った。触れられたところから、じりじりと何かがせり上がって胸を圧迫した。振り払うのは簡単だったのに、僕はそれをできなかった。葛貫の手かあまりに薄っぺらく、柔らかかったから。そんなことをしてしまえば、彼女の手はくしゃりと潰れてしまう。そんな気がした。

　僕は売り場に戻すチャンスを失って、結局その時持っていた雑誌を買うハメになってしまった。それが今めくっているエロ本、というわけだ。

　ヨシくん。

　葛貫にそう呼ばれたのは久しぶりだった。いつからか、彼女は僕の名を呼ばなくなったから。

　葛貫と僕の立ち位置は、いつからか対等ではなくなっていた。いつからかクラスの中でもヒエラルキーができて、僕はその上の方、葛貫はその下の方。そうなっていた。

　そういうのが出来てからだった気がする。葛貫が僕を怖がるようになったのは。僕の名前を呼ばなくなったのは。

　僕は変わらなかったのにね。

　それでも登下校は一緒にした。というか、させた。僕にびくびくする葛貫が嫌いだったから。これ以上、イラつきたくなかったから。僕に怯える葛貫が、僕からこれ以上、離れないように。

　って、なんか、おかしいな。これって、なんか変じゃないか。

　そう、僕は、変なんだ。

　葛貫が掴んだ腕、その部分がじりじりと熱い。葛貫の声が、耳から離れない。

　ヨシくん。

　そう呼ばれた瞬間、全身の血液が逆流した。その経過で通った心臓は、ショックを起こして大きく跳ねた。それからずっと、跳ね続けた。どくどく、どくどく、息苦しくなるほどに。

　そして、今も、それは続いてる。

　僕は雑誌をパラパラめくる。ああ、セックスがしたい。何も考えないように。考えずに済むように。

　葛貫。クズ。僕はね、本当は。

　ああ、もう嫌だ。

　セックスがしたい。

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