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王女がなぜ私を頼ってきたのか、については大体は分った。その多くは推論にすぎないのだが、消極的な理由と考えてよい。他に選択肢がなかったのだろう。この王女を取り巻く状況は最悪だ。
話題を変えよう。
「王女様、ポート・ディクソン帝国との戦争についてはニュースを通じてある程度、知っております。王都は今、どういう状況なのですか。」
「王都はポート・ディクソンの軍勢に進攻され、城は包囲……陥落寸前です。」
「王女様は、敵に城が完全に包囲される前に脱出され王都を離れた、ということですね?」
王女は頷き、答える。
「私はかろうじで脱出できましたが、兄や姉たちはどうなったのか……」
兄や姉たち、つまり王位継承順位がより上位にある王族たちは逃げ遅れた可能性があるということになる。最悪の場合は、全員、戦死である。
「……それはお気の毒に。」
決まりきった定型句を条件反射のように言う。特に気の毒だとも思ってもいないのだが。誰が統治者になろうが、めちゃくちゃな政治さえしなければ、国民にとってはどうでもいい問題なのだ。しかし、侵攻してきたポート・ディクソン帝国の側からしてみれば、王族が全滅してしまうというのは、あまりうれしいニュースではないだろう。王族というシンボルを失ってしまうと、戦後統治が行いにくくなってしまう。
城が完全包囲されていることがまだニュースになっていないことから推察すると、王女が脱出したのは昨夜なのだろう。王都から南西に位置するこの私の家まで、馬で駆ければ1時間程度で着く。王女たちは馬を引き連れていないから徒歩でここまで来たのだろう。馬で移動するよりも4~5倍程度移動時間がかかるとすると、一晩かけてここまでやってきた計算になる。
それにしても、ポート・ディクソン帝国の侵攻は非常に手際が良い。開戦したのは4月10日のことだから、わずか3週間程度で王都をほぼ陥落させたことになる。
ポート・ディクソン帝国との国境がある北方から王都までの移動はおおよそ2週間程度はかかる。北方から王都にかけては大きな湖が広がっている。軍を進めていくうえでは、湖をわたっていくか、湖に沿って街道を進み、王都まで行くかだ。
2週間ほど前に湖地帯で大規模な戦闘が行われていたと聞く。と、いってもわずか1日でポート・ディクソンに軍配が上がったのだが。その一戦でポート・ディクソンとの戦争はほぼ決着したのだろう。その後は小競り合い程度しか起こらず、王都まであっさりと進攻を許したというわけだ。
しかしそのおかげでレストラン経営への影響は最小限に抑えることができる。王都に出店しているレストランの営業を停止して3週間程度だが、このままいけば約1か月分の利益が吹っ飛ぶだけですみそうだ。湖地帯での一戦が短期間で収束したことも幸運だ。あの湖地帯の業者からは食材として魚介類を仕入れている。湖での戦闘がすぐに終わったから生態系への影響も少ない。業者の営業再開もすぐだろう。
「そこまで安否がわからないということは、王都はポート・ディクソンの進攻によってよほど混乱しているのでしょうね。」
「王都では大きな戦闘は起こってはいないのです。突然城から火の手が上がったため、そちらに多くの兵を割くことになりました。その結果、市街戦は起こらず、籠城戦となったのです。」
突然火の手が上がった、とはどういうことだろう。大砲でも撃ち込まれたのだろうか。しかし、今重要なことは市街戦はなかった、ということだ。レストランの建物の損壊は回避できたことになる。ありがたい話だ。




