第84話
直斗が雪菜と再会を果たしてから二日後、直斗は風牙を伴って新居にやって来ていた。昨日はなんだかんだ言って夜通しギターを弾いていた事が影響して、ほとんど一日中寝ていたのである。
「まずは猫をどうにかしないといけないな」
このままでは新居に住むことは出来ない。先ほど軽く新居の中を覗いてみたが、なるほど不動産屋が言ったとおり、かなりの数の猫がいた。猫嫌いではないが、流石にあれ程の数の猫を養っていける自信は直斗にはない。コリス一匹で十分である。
まこと、恐れるべきは猫神教。いったいいつの間に王都に猫が溢れかえるほどの一大勢力を築いたのだろうか? しかし、そんな事は直斗にとってどうでもいい事である。
文句を言ってやろうと不動産屋に行ってみたら、建物ごと消滅していた。自分が消滅させたかもしれないが、何一つ記憶にない。もしかしたら無意識のうちにやっていたのかもしれないな。直斗の記憶は案外いい加減であった。
――何故、我を連れて来たのだ?
直斗の後ろから風牙の訝しむ声が聞こえてくる。
「猫を追い出すのに協力してもらおうと思ってな」
――追い出していいのか? コリスが哀しむかもしれんぞ?
コリスに恨まれたりするのは痛いが、それを気にしていたらせっかく買った新居に住めなくなるではないか。
「それでコリスに恨まれでもしたら仕方ない。ま、近くにいくらでも友達候補がいるんだ。そこまで考える必要はないさ」
すぐ近くに元ダゴン商会があるのだ。そこに行けば猫はいくらでもいる。猫にとっても、猫好きにとっても天国であろう。
――で、我はいったい何をすればいいのだ?
「ここで、威圧感を放ってくれ。そうすれば、余程根性のあるヤツじゃなければ、退散するだろうよ」
――まあ、野生の獣ならそうかもしれんが……。
「気にするな。それ程訓練された猫がいる筈もないだろう?」
嫌だな、訓練された猫がいたら。そんなアホな事すら考える直斗であった。猫神教には猫を訓練する程の人材はいないだろう。いたら、どうしよう?
――そうか、では、威圧感を放ってみるか。
そして、風牙を中心に放たれた強大なるプレッシャー。並の冒険者であれば太刀打ちできない神狼の放つプレッシャーである。半分飼い猫と化しているような状態であろうが、野良猫がそのプレッシャーに勝てる筈もなく、屋敷から脱兎の如く逃げ出した。普段の直斗であれば、「猫の癖に脱兎の如くとは、何でだ?」とくだらない事を考えたであろうが、今の直斗にはそんな余裕はなかった。
――何故頭を抱えてブルブル震えているのだ?
「ば、ばっか、ふ、震えてなんかいねえよ。お前の放ったプレッシャーにビビったなんて事があるわけねえだろうが」
風牙は直斗を上から下まで見てみた。全身が震えていた。もちろん、先程放たれていた声も震えていた。
――真なる恐怖に骨まで震えたか?
「お、俺は大阪芸人じゃないぞ!!」
よく分からない反論をするが、相変わらず声は震えていた。なんだかんだ言ってカッコつけたがる部分のある男である。周りに今女性陣がいないので、素の部分が出ているのかも知れない。
――ヘタレが。
「ビビってねえっつってんだろ!!」
よくこんな状態でいるのに、普段は我をクッションにしたがるものだ。やはり、よく分からぬ男だな。そんな事を考えながら風牙は直斗と一緒に屋敷の中に入っていった。
「お、猫がほとんどいなくなっているな」
何匹か昼寝をしていたようで、風牙の放つプレッシャーに気付かなかったのか、居座っている猫もいた。
「なあ風牙、こいつらに言い聞かせる事は出来るか?」
――やってみよう。
猫の鼻と己の鼻をくっつけるようにして、何事かを喋っているような風牙。猫と神狼は会話ができるのだろうか? そんなどうでもいい事を考えながら屋敷中を見まわっている直斗。
「いくらか修理業者を呼んで修理してもらったほうがいい場所があるな。後で冒険者ギルドで聞いてみよう」
――お前は冒険者ギルドを便利屋か何かと勘違いしていないか?
勘違いしていないと絶対の自信がないので、何も答えない直斗。
少なくとも屋敷内の見える範囲に猫がいないという事を確認し、直斗と風牙は屋敷を後にした。冒険者ギルドを訪ねる為に。
「修理業者?」
「まあ、大工とかでもいいんですけどね。大がかりな修繕はそこまで必要には思えなかったし、屋根裏部屋とかには猫がすみついていなかったみたいなので」
相変わらず、シンシア相手には微妙な敬語混じりの直斗であった。
「ね、それ以前にその屋敷、部屋はいくつあるの?」
「十以上はありますよ。いやあ、一千万Gで買う事が出来て、本当に良かったです。修繕費用もたぶん、そこまでかからないだろうし。予想以上にかかるようなら、不動産屋からむしり取ってやりますよ」
「これ以上、何をむしりとろうと言うの?」
「え?」
「え? って、まあいいわ。私もそこに住まわせてもらうから。部屋、私の分もよろしくね」
「え? シンシアさんもですか? ティンダロス邸に残るって選択肢は……?」
流石にシンシアまで新居に引っ越しをしようと考えているとは全然思ってもいなかった直斗である。申し出には素直に驚いていた。
「あのね、エクリアまでそっちに住むって言うのに、私一人だけ残ってどうするの?」
「蜥蜴二匹とシルヴィアも残りますよ」
「あの三人が残るわけないじゃない。シルヴィアはユーフェをからかう為、そして蜥蜴二匹は貴方をからかう為。絶対に新居についていくに決まっているじゃない」
冷や汗ダラダラな直斗。
「ついてきますか、あの三人?」
「ついて来るわね。ま、私としても、いくらなんでも飲み友達だという理由で居座るつもりはないわ」
「そうっすか」
結局パーティーメンバープラスシンシアのメンバーで新居に引っ越しになりそうだな、と軽く考える直斗。
冒険者ギルド内の男たちの視線が鋭く、殺意のこもっている事には気付きもしなかった。直斗にとってはどうでもいい事だからである。
丁寧に修理業者(というよりは、大工)を教えてくれたシンシアに礼を言い、冒険者ギルドを後にした。
大通りだというのに冒険者に声をかけられた。
「おい、待てや、ヘタレ黒コート」
振り向いた直斗の視線の先には、十数人の冒険者たち。
「何か、用かな?」
――やれやれ、面倒事になりそうだな。我は先に帰っていいかな?
「おう、犬っころになんか用はねえ。用があるのはそこのヘタレだけだ」
風牙と戦って勝ち目のある連中ではなかった。そして、集団戦が出来る程連携がとれる連中ではなかった。
「俺は女の子相手にヘタレる事はあっても、むさくるしい冒険者相手にヘタレる事なんか、ないぜ?」
例え相手が格上の冒険者であろうと、(装備品が何であろうと)最強防御力を誇る直斗である。有象無象の冒険者相手にヘタレるわけがなかった。
しかし、直斗以上にキレた存在がいた。風牙である。
――我を犬っころと呼んだか? 誇り高き神狼の一族である我を? 地獄を見たいらしいな? よろしい、ならば虐殺だ。かかってきたまえ。
強大なるプレッシャーが風牙から放たれた。散り散りになって逃げていく冒険者達もいたが、直斗をボコボコにしてやろうと集まった冒険者の中でも格下の冒険者達数人は、その場で小便を漏らして、泡を吹いて腰を抜かしていた。
――雑魚がイキがっては、ダメだという実例だな。では、大工のところに行って修理を頼むか。行くぞ、直斗。
横を向いた風牙の視線の先には、ブルブル震えている直斗がいた。
「び、ビビってなんかいねえよ!!」
風牙の口からは深い長い溜息がこぼれた。
大工の所まで行き、修理を頼んだ直斗と風牙。天候にもよるが約一週間で修理が完了しそうだという話を聞いて、ティンダロス邸に戻ったのだった。
昼過ぎになってようやくティンダロス邸に戻って来た直斗と風牙。
庭では蜥蜴丸の氷像が出迎えた。
よく一日以上、氷がとけずに残っているな。エクリアのレベルアップぶりには驚かされるばかりだ。
――ワガハイは、いつになったらここから解放されるのかね? 程よく冷えていい感じではあるのだがねえ。ま、ワガハイは変温動物である故、多少冷えたり暑くなったりではどうもならんがねえ。
近頃芸達者ぶりが加速していないか、この蜥蜴は?
「じゃあ、もう暫くそうしているんだな」
――ほう、ワガハイを見捨てるというのかね? 愛方たるワガハイを?
「前も言っただろう? コンビは解散だ。理由は音楽性の違いだ」
氷の中で色々喚く蜥蜴丸を無視して、食堂へ向かう。ちょっと昼食には遅いかもしれないけれど、食べるモノがなければ自分で簡単なモノを作ればいいのだ。
しかし、直斗と風牙を出迎えたのは暖かな空気であった。
「あ、お帰り直斗君。風牙も。お昼ご飯、食べた?」
エプロンを身に着け、髪をポニーテールにした雪菜が二人を出迎えてくれた。雪菜のエプロン姿に目を奪われる直斗。彼女のうなじも直斗には、とても眩しい。
「い、いや、まだだけど……」
返答も少ししどろもどろなのも仕方ないだろう。
――我もまだだ。
「よかった。じゃあ、一緒に食べよう? みんな待っているよ? 呼んできてね」
そう言いながら一度直斗と風牙を追い出す雪菜。
そして、雪菜に言われるままに皆を呼んでくる直斗。
「あ、お帰りナオト。今日はセツナさんがお昼ご飯作るんだって、張りきっちゃってさ。台所追い出されたんだよね」
少し不満げなエクリアであった。今日はバーソロミューとマリアは仕事で外出中だ。その場合、パーティーメンバーの胃袋をつかんでいるのはエクリアである。彼女としては自分のポジションをとられかねないのではないかと、心配なのだ。
「そう怒らないでよ、エクリア。雪菜は雪菜で皆に受け入れてもらえる為に頑張っているんだと思うよ?」
「それは、分かるんだけど……」
そして、全員そろったところで、食堂に入る。
「わ、和食だ……」
卵焼きや鮭の塩焼き、味噌汁と言った和食の定番料理がそこには並んでいた。
「それにしても、凄いね。何で冷蔵庫とか普通にあるの? 食材もそろっているし……」
まあ、異世界に来ても日本とそう変わらない科学技術が使えるのは、このティンダロス邸くらいなモノではあるので、雪菜が驚くのは当然だ。暫くしたら新居の方でも使えるようにはなるだろうが。
「まあ、えっと、冷めないうちに食べてね。皆の口に合えばいいのだけれど……」
雪菜の言葉を合図にして、皆がそれぞれの席に座る。
「いただきます」との声を合図にして、箸をつける。
「なんで、皆箸の使い方が上手いんだろう……?」
雪菜の疑問ももっともかもしれないが、ティンダロス邸に異世界の常識は結構通用しない部分があるのだった。
「美味しい!! 料理の腕、落ちていないね、雪菜!!」
懐かしき雪菜の料理に感激する直斗。その言葉を受け、嬉しそうに笑顔を見せる雪菜。そして、この二人は単なる友人関係だったのかと疑う女性陣。
「ありがとう、直斗君」
その笑顔を見て、嬉しそうにする直斗であった。
「ふむ、確かに美味いな。日本の味を思い出すねえ。今度は牛丼を所望するよ、ワガハイ」
いったいいつの間に氷の中から抜け出してきたのか、一同と同様に食事に舌鼓をうつ蜥蜴丸の姿もあった。
「これでパーティーの料理当番は二人に増えたねえ。エルフ耳と亜麻色髪はお払い箱だな」
「何だと……?」
「それは、聞き捨てならないね」
自分のセリフがユーフェミアとディアナの逆鱗に触れた事に気付き、慌てる蜥蜴丸。
「……と、直斗が申しておりました」
「……ナオト?」
「ナオト君? ちょっと、後でお話ししようか、蜥蜴丸と一緒に」
その日、直斗と蜥蜴丸はバーソロミューとマリアが帰って来るまで居間で正座をさせられたのだった。
帰ってきた二人は、またかというような顔をしただけだった。
直斗がひたすら「俺は何も言っていないのに……、解せぬ」と呟いていたのが少し気になっただけであった。




