第83話
「なに、一軒家を買った、だと……?」
「そうなんだ。で、お願いなんだけど……、エクリアを俺にください!!」
深々とバーソロミューに頭を下げる直斗。しかし、直斗はやはり昼間雪菜と再会した事で動揺していたのだろう。いきなり色々とすっ飛ばして話をしていた。
「エクリアを下さい……だと……?」
直斗はただ、パーティーメンバーと一緒に自分が買った家に住みたい、そう言うつもりであった。そして、そう言ったつもりであった。だが、眼前に座るバーソロミューの雰囲気が変わった事に驚いた。自分はいったい何を口走ったのだろうか?
「え? あれ? 俺、おかしな事言ったかな?」
「もう一度、今言った事を言ってくれるか、ナオト? 返答次第では俺はお前を殺す。返答しなくてもお前を殺す。さあ、今言った事をもう一度言えよ」
もはや、目の前のバーソロミューから放たれているのは殺気であった。
「え? あれ? 俺、おかしな事言ったかな?」
殺気を放ちだしたバーソロミューにビビって、先程のセリフを言い直す直斗。もはや、リピート再生に近い。
「てめえ、俺を舐めてんのか?」
何で言われた通りにさっき言ったセリフを一言一句間違えずに話したのに殺気が消えていないのだろうか? 半分以上本気で分かっていない直斗であった。
「まあまあ、おじ様、ここは落ち着いてください。直斗君もですね、緊張して言い間違えただけなのです。彼はただ、パーティーメンバー全員で同じ家に住みたい、そう言いたかっただけなのですよ」
隣に座る雪菜が直斗に助け船を出してくれた。その事に、視線だけで感謝の意を示す直斗。それにウィンクを返す雪菜。それを、「どういたしまして」ではなく、「今度なんか奢れよ」との返答だと勘違いした直斗。変な精神状態なのは変わっていないようだ。
「ふうん、まあ、言い間違いしただけなのは何となく分かるけどよ、いきなり娘をくださいと言われて父親としてはいい感じしないわな」
娘をください? 俺はもしかして、エクリアをくださいとバーソロミューにお願いしてしまったのだろうか? まだ付き合っているわけでもないのに、凄い事を口走ったな、俺は。
「まあ、その事は後でエクリアとマリアと一緒にじっくり話をしてから返答をしよう。直斗の事は嫌いではないがな、娘を預けるには少し信頼度が低いという事もある。だいたい、コイツが家を買ったという事は、たぶん蜥蜴連中もついていくだろう?」
「蜥蜴連中……?」
暫くの宿がないという事で、数日間ティンダロス邸にお世話になる事になった雪菜。直斗たちと一緒にティンダロス邸にやって来ていた。
そして、夕食後にバーソロミューに大事な話がある、という事で雪菜と一緒に一軒家を買った事をバーソロミューに報告したのである。
「蜥蜴丸とゲーサンの事だ。あの二人と言うか、二匹と言うか、あいつらはやけにナオトと仲がいいからな、直斗が出ていけば必然的についていくだろう。もはや、三人セット、いや三匹セットと言ってもいい」
「俺をあの二人と一括りにするんじゃないッ!!」
激昂する直斗であったが、近くで直斗とバーソロミューのやりとりを聞いていた残りのパーティーメンバーは何を言っているんだ、というような表情をしていた。
それを見て、先程紹介された蜥蜴丸とゲーサンを思い出し、ああ、一括りにされてもおかしくない気がするな、と考える雪菜であった。
「直斗君と、蜥蜴二匹と一緒に住まわせる事が心配だ、と?」
「ああ、ここであいつらを下宿させているんだが、既に染まっている気がするんだよな。俺とマリアの目が離れたらどうなるか……」
もう十分染まりきってますよ、とは言えなかった雪菜であった。
そのエクリアは先ほど蜥蜴丸を引きずって庭へと出て行った。
庭の方から、「やめてやめて止めて止めて、止めないで、もっとシテ、体だけでなく心まで貴女の愛で凍らせておくれ……、ってアレ? 凍らせてくれないの? 何という放置プレイ……、それもまた病み付きになりそうッ!!」というセリフが聞こえてきたかと思うと、家じゅうの温度が数度下がった気がした。「ああ、また凍りついたな、アイツ……」と呟く直斗の表情が印象的だった。
この凍気、もはやAランク冒険者すら凌ぐのではないだろうか? 雪菜が目にした魔道士でも、大半がエクリアに勝てないのではないだろうか。そう思わせるほどの凍気であった。
「セツナって言ったっけ? あんたはこのナオトと一緒に暮らす気みたいだけど、どうなんだ? 信用してんのか? 見た目に反しないで、スケベな男だぞ?」
「あはは、信用していますよ、確かにスケベですけど、ヘタレでもありますから」
よく分からない信用のされ方をしているようで、直斗は言葉のナイフが胸に突き刺さるのを感じた。
「話は終わった?」
まるで、タイミングを計ったかのように、部屋に戻って来たエクリア。
「エクリア、後で母さんと一緒に話をしよう。ところでエクリア、ナオトがうちを出ていくつもりなのは、聞いたんだろう?」
「うん、昼間、聞いたよ」
「どうしたい、お前は?」
「うーん、ナオトがやっぱり心配だからね。それに、ユーフェやディアナも一緒についていくだろうし。私も行きたいな、ナオト達と一緒に」
その言葉を聞いて、顔をしかめるバーソロミューと、小さくガッツポーズをとる直斗であった。そして、その二人を面白そうに見つめている雪菜がいた。
とりあえず、まだ新居に移るのは数日後になりそうだという事で、この場はお開きとなった。
「ああ、星が綺麗だなあ……」
直斗はクッションに背を預け、夜空を見上げていた。
似たような呟きを何度口にしただろう?
――貴様はまた我をクッション代わりにしおって……。
もう、色々と諦めたのか、それともどうでもいい事だと考えているのだろうか? 風牙は直斗にクッション代わりにされる事に関して、近頃では何も言わなくなってきた。
――この家を、出るのか?
「ああ、数日中には出るつもりだよ」
――新居に我が伸び伸びと出来る場所はあるのか?
右手の方から聞こえてくる声に、少しだけ驚く直斗。
「ついて来てくれるのか?」
――貴様が新居に住むと言うのなら、ユーフェはついていくだろう。ユーフェは何故かよく分からんが貴様を好んでいるからな。まあ、我はユーフェが行く場所についていくだけだ。ユーフェの傍は春の陽だまりのような場所だからな、我にとって。
「チッ、ツンデレたかと思ったのに……」
――男がツンデレなセリフを吐いて、貴様は嬉しいのか?
「嬉しくはないな」
冷静な返答をする直斗。ちなみに、ツンデレ云々なんてセリフを風牙が吐いているのは直斗と蜥蜴丸の影響を受けているからである。
思いのほか順調だな、このままいけば風牙も俺たちの仲間入りだ、などとよく分からぬ考えを始める直斗。その“俺たち”は直斗自身と蜥蜴丸の二人だけなのだが、直斗はもちろん深く考えてはいなかった。
「男二人で何を話しているの?」
声がかけられたと同時に、直斗の横に腰かける者がいた。雪菜である。
「いや、星が綺麗だな、って」
「嘘ばっかり。男同士でそんなやりとりするような人じゃなかったじゃない、直斗君はさ」
クラスメイト……、いや、昔の友人はそこまで自分の事を知っていただろうか?
それにしても、お風呂あがりだろうか? いい香りがする。
「そうだ、まだ、ギターは弾いているの?」
「あはは、時々弾いているよ。でも、高校時代の方がまだ、弾けていたかなあ?」
直斗としては、それが本心であった。この世界に来てから、たまに弾いてはいるが、技術的なモノは衰えていくばかりである。もっとも、元が物凄く弾けていたか、と聞かれたら首を傾げざるを得ないだろうが。
「え、この世界にギターなんてあるの?」
「ああ、そう言えばまだ、詳しくは言っていなかったっけ?」
直斗は自分がこの世界にやって来た経緯を軽く話す。
「何だか、ずいぶんとご都合主義だね」
返答に困るが、確かにそう言われてもおかしくはない。
「雪菜……は、さ、どうしてこの世界に来たんだ?」
雪菜と呼んで欲しいと言われたため、そう呼びかけるが、ぎこちない。
「よく分からないんだよね……、私と再会した時、死んだって聞いていたのに、とか何とか言っていたよね? アレ、どういう事?」
返答に困る直斗。
「雪菜……はさ、この世界に来て、何年くらい?」
「四年くらい、かな?」
彼女の返答を聞いて、日本とこっちでの時間の進み具合はさほどずれていないのだろうか、と考える直斗。
「だいたい四年前くらい、かな? 雪菜……は、交通事故に遭ったらしいんだ」
「交通事故に遭った、らしい? らしいってどういう事?」
「死体も何も残っていないんだ。車にはねられて、数メートルはね飛ばされたらしい。そして、路地に雪菜の体は吸い込まれた。はねた車にもくっきりとその証拠が残っている。そして、その時の映像が公開もされた。防犯カメラではあったけど、その映像では雪菜がはね飛ばされ、路地に吸い込まれた瞬間もしっかりと映っていたんだ。でも、その路地には雪菜の体は、どこにもなかった。路地自体は数メートルで行き止まりだ。でも、雪菜の体が何処にもぶつかった証拠がなかったそうだ。警察も、雪菜を車ではね飛ばしてしまった人も、通行人も探したのに、雪菜は発見されなかったんだ。当時は神隠しなんて話題になったもんさ」
「そう言えば私は召喚魔法の実験で呼ばれたって後で聞かされたよ。動物か何かを試しに呼んでみた所、重症の私が現れたって言われたなあ。ちょうど、はね飛ばされた時に上手い具合に召喚魔法に引っかかったのかもね」
案外あっさりとしていた。
「でも、そうか、死んでいる事になっているんだ……。じゃあ、日本に戻ってもしょうがない、かな……」
まあ、日本に戻す方法は……少なくとも直斗にはない。リリスの力を借りる事が出来ればあるいは……、と思うけれども。
「そうか、仕方ないな……。こっちの世界で楽しく生きていくしかないのかな……」
直斗は、励ましの言葉は思い浮かばなかった。
隣に座る雪菜が泣き出しそうなのを見て、彼女の泣き声を聞きたくないと思った。せっかく再会できたのだ。彼女の泣き顔は見たくない。彼女の泣き声は聞きたくない。
直斗はアコースティックギターを異空間から取り出し、チューニングを済ませて、軽く奏で始める。
「リクエスト、いいかな?」
隣に座る雪菜から、声がかけられた。
「俺が弾ける曲なら」
今も弾ける曲なんて、もうそんなにない。
「じゃあさ、私達が友達になるきっかけになった曲」
「分かった。でも、昔より下手だぞ?」
「昔みたいに、二週間かかる?」
「それ以上かもな」
たどたどしくも、奏で始めた曲は、二人が友達になるきっかけを作った曲だった。
その下手くそなギターに乗せて、隣から涙声の歌が聞こえてくる。
こういう雰囲気も悪くないな、そう思う直斗であった。
――下手くそだな。同じところで何度間違えるのだ?
「うるせえ、口をはさむな」
「ふふ、もう一回最初っからだね」
何度も同じところでつっかえる直斗に冷静なツッコミが入りだした。
何とかバーソロミューとマリアの了解をとりつけたエクリアは、聞こえてきたギターの音色に誘われ、庭に出てきた。
庭には先客がいた。ユーフェミアとディアナであった。
「まったく、何度も何度も同じ場所で……」
「まあまあ、怒らない怒らない。ナオト君がそんなに上手じゃないのは知っているでしょ?」
彼女たちの視線の先には、風牙をクッションにして、ギターを奏でる直斗とその隣に座って歌を歌っている雪菜がいた。
どうやら直斗たちの世界の歌のようだ。
仲良く隣り合わせで座っている二人を見て、少し胸が痛くなるエクリアであった。
ナオトの隣には、あの女性の方が、相応しいのだろうか?
直斗がようやく、つっかえながらも一曲弾けるようになるのに、朝方までかかった。
それをずっと見つめている女性陣がいた。最後には皆で拍手をしてしまった。
驚き、振り返る直斗。雪菜は気付いていたようだが、直斗は皆が見ていた事に気付いていなかったようだ。
顔を赤くしながら、頬をかく直斗であった。
そして、違う場所から蜥蜴丸も見ていた。氷の中から。
イジるネタが増えたかもしれんな。クカカカ。
蜥蜴丸さんだけは、平常運転だった。
直斗と雪菜の思い出の曲
「世界中の誰よりきっと~Live Version~」 WANDS




