第82話
「ナオト、誰だ、この女は?」
「そうだよ、ナオト君、紹介してよ」
気が付けばディアナとユーフェミアを加えた五人で先ほどエクリアとひと時を過ごした喫茶店に来ていた。誰だ? ディアナとユーフェミアに連絡をしたのは? この二人に連絡がいったという事は、蜥蜴丸とシルヴィアが何処か近くにいるに違いない。あいつらにこれ以上俺をイジるネタを与えてたまるかよ!!
混乱する直斗をよそに、女性陣は話を進めていた。
「あ、私の名前はセツナ、セツナ・イワツキだよ。よろしくね。向こうの世界風に言えば、岩月雪菜。まあ、発音やら何やら難しいと思うので、セツナ・イワツキでいいよ。セツナって呼んでね!!」
見るモノが惚れ惚れするような笑顔で呼び方を指定する雪菜であった。
そして、一同が自己紹介をしているのを頭を抱えながらも逃げられずにその場にとどまっている直斗。何故だ、何故雪菜はそんなに笑顔でいられるんだ? 俺の逃げる場所は何処だ? いや待て、何故この世界に彼女がいるんだ? 死んだ筈じゃなかったのか?
「おい、直斗君、どういう事かな? なんで君の周りにこんなにかわい子ちゃんが沢山いるのかな?」
その汚れの無いような笑顔を昔みたいに俺に向けないでくれ……とは言えない直斗であった。
「あの、セツナさんと、ナオトの関係は……?」
「高校時代のクラスメイトだよ」
「高校……?」
「まあ、分かりやすく言えば同年代の学生が集まって勉強とかする場所かな?」
「その、高校とやらに集まった中の二人、というワケか。仲は良かったのか?」
「そうだね、少しは良かった……よね、直斗君?」
「あ、ああ……そう、だね。うん、仲は悪くなかったよ」
「なんか、歯切れが悪いね、ナオト君は。いつもの蜥蜴丸との掛け合い漫才みたいに上手くはいかないのかな?」
今の直斗には、ユーフェミアの邪気のない問いかけが心に痛かった。別段、雪菜との関係性は隠さないといけないというワケではない。ただ、積極的に話をしたいとも思っていないのだ。何故なら、彼女との過去を話すという事は、少なからず直斗の闇を引きずりだす事になるのだから。
「ね、直斗君、ところで、誰が直斗君の彼女なの?」
「へ?」
ずいぶんと気の抜けた声を出した気がした。隣に座っている雪菜さんはいったい、何をおっしゃっているのだろう?
「えー、どう見ても全員直斗君に好意を抱いているじゃない? このうちの誰が直斗君の恋人なのかな、って思ってさ。もしくは、一番直斗君が好意を抱いているのは誰なのかな? もしかして、ハーレムとか狙っているの? やめときなよ、ハーレム作るにはちょっとイケメン度が足りないよ?」
イケメン度とは、何だろう? 真のイケメンがイケメン度百として、俺はいくらだろう? 十くらいはあるのだろうか? いや、平均値は何処にある? イケメン度五十は、イケメンに入るのか? それとも、五十で中の中か? そうすると、イケメン度十にしている場合は、ブサイクになるのか?
混乱度が増してくる直斗であった。
「え。えーと……」
「教えてくれたっていいじゃん。なんてったってこれから一緒に暮らすんだからさ。仲良くしたいじゃない」
「え? いつ一緒に暮らす事になったの?」
「ナオト、覚えていないの?」
「何が?」
「さっき、一緒に不動産屋で契約したじゃない、覚えていないの?」
「嘘だろ……?」
「嘘じゃないよ。直斗君が八百万G、私が二百万G出したじゃない。それで、その場で契約完了したじゃない。だから、私も一緒に住む権利はあるわよね?」
青天の霹靂であった。まったく記憶にない。どういう事だろう?
「えーと、全く記憶にないんだけど……」
「記憶にないのに契約を完了しちゃったの? 結構しっかりしていたように見えたんだけど?」
エクリアから見た直斗は、雪菜を見た時こそ、魂が抜けていたように見えたが、その後しっかりと意識を取り戻していたように見えたのだ。不動産屋も雪菜も直斗を騙しているようには見えなかった。
契約もスムーズに進んでいた。エクリアも契約の場に立ち会っていたのでわかる。何せ雪菜が分からない所はエクリアに聞いてきたのだから。
「そう言えば直斗君は今、どこに住んでいるの? いや、私さ、今まで騎士団にいたんだけど辞めちゃってさ。それで、新しい住居探していたんだよね。そこで、えーと、何だったかな? 古代博物館? みたいなところで項垂れている直斗君を見つけてさ。バズーカぶっ放していたけど、誰も慌てたりしていなかったよね? 何でだろうね? 世界観が違うと思うんだけど、誰も不思議に思わなかったのかな?」
雪菜の疑問はもっともだろう、とエクリアは思った。確かに、あのバズーカとやらを初めてみた人間は驚くであろう。しかし、この王都の住民はもう、基本的に直斗や蜥蜴丸に慣れているのだ。この王都に居て驚く人間は、まず王都以外に生活拠点を持つ者であろう。蜥蜴丸のような二足歩行をする人間大の蜥蜴を見て驚くかどうか、それだけでヨソモノかどうかが分かると言っても過言ではあるまい。
雪菜は騎士団にいた、と言っていた。今まで騎士団の人間とは揉め事を起こすでもなく過ごしてきた直斗と蜥蜴丸である。案外騎士団や王族との接点はなかったのだ。だからこそ、雪菜が直斗や蜥蜴丸の存在を知らずに今までいたとしてもおかしくはない。
「まあ、王都の人間は直斗や蜥蜴丸に慣れているからな。多少の奇行をしたとしても、驚きはしても問題にはしないだろう。この王都の人間は何故か寛容な人間も多いからな。いつの間にか猫神教が巨大勢力になってもたいして危険視はしていないからな」
ディアナの説明は的を射ているのだろうか? 何故かユーフェミアはうんうん頷いている。エクリアも頷かざるを得ない所はある。
「猫神教かぁ。猫は好きだから猫神教と対立する理由は今のところないなあ」
猫神教の設立に直斗が一枚かんでいる事は教えた方がいいのだろうか? そう思いチラリと正面に座る直斗を見てみると、心ここにあらずのようだ。「いつ契約したのだ、俺は?」トカ「連帯保証人になったりしていないよな?」などと呟いている。
「おい、直斗君、私の質問に答えてよ!!」
小気味いい音が響いた。雪菜が直斗の頭をはたいたのだ。
「え? 俺に何か質問があったの? 何かな?」
質問もどうやら右から左に受け流していたらしい。「ちょび髭の男が……」などと言っていた。直斗にちょび髭の男の知り合いなどいただろうか?
「いや、だからさ、今何処に住んでいるのかな、って思ってさ」
「エクリアのところで世話になっているけど?」
雪菜がエクリアを見る目が一瞬鋭くなった気がした。その鋭くなった雪菜の視線を受けて一瞬体が強張る思いがしたエクリアであった。
「ふうん、エクリアちゃんのところでねえ」
「ええ、まあ」
エクリアも無難な答えしか返せないようだ。
「ディアナやユーフェのところでは世話になっていないの? あ、エクリアちゃん、私の事はお姉ちゃんって呼んでもいいよ?」
「ディアナもユーフェもうちで世話しています。あと、お姉ちゃんとは呼びません」
「えー?」
「そんな事言ってくるのはユーフェ一人で十分です!!」
エクリアとしても、姉が二人になるのは御免こうむりたい。しかも、この姉と呼んでほしいと言ってくる二人はどちらかと言えば妹に甘えてくるタイプの姉だろう。いやだ。
気が付けば「お姉ちゃんと呼んでよ!!」「嫌です!!」のやりとりが繰り広げられていた。
いったい何があったのだろう?
「あ、ねえ、直斗君。聞きたい事があるんだけど」
「何?」
嫌な予感がするが、答えないとマズイ気がする。
「今エクリアちゃんのところで世話になっているんでしょ? じゃあ、家を買う必要なんてないじゃない。どうして、家を買おうと思ったの?」
「二十代で王都に家を持つなんて、こう、男の夢じゃない?」
「ごめん、全然わからない」
一刀両断とはこの事だろうか? 男のロマンが通じないのだろうか?
「エクリアちゃんのところでずっと世話になろうとは考えなかったの?」
「いや、家を持ってさ、それで、エクリアとそこで暮らそうと思ってさ。もっとも、まだエクリアには言っていないんだけど。出来れば家を買ってから皆に言おうと思っていたのになあ……」
ばれてしまったのは仕方がないか。あれ、エクリアが顔を真っ赤にしているぞ? 俺、何かヤバい事を口走っちゃった?
「ナオト、えっと、それって、つまり、プ、プロ……」
「おい、どういう事だナオト。エクリアだけを連れて新居に連れて行くつもりか?」
「ナオト君? つまり、私とディアナを捨てるって事かな? あれだけ色々と弄んでおいて……」
「へ? いやいや、待て待て。ちょっと待て、特にユーフェ。俺はお前とディアナを弄んだつもりはないぞ? えーと、アレだよ。いつまでもバーソロミューやマリアさんの世話になり続けるのもちょっとな。ここは、金もたまった事だし一念発起して王都に家を持ちたくなってな。それでさ、皆とそこで暮らしたいなって」
ユーフェミアの「弄ぶ」発言で店中の注目を浴びた直斗が慌てて釈明をする。
本当は家を一人で買って、その後でバーソロミューやマリアに了解を得てエクリアに「一緒に暮らさないか」と言うつもりであったのだ。
「私も一緒に行くからな。エクリアとお前だけで暮らすなど、許さん」
ディアナは怒り心頭のようだ。いや、確かに俺はエクリアに一緒に暮らそうと言うつもりではいたけど、お前を置いていくつもりはなかったんだよ?
「私もついていくからね。そうだ、一緒に新しい家を見に行こうよ。家具とかもついでに買いに行こう!!」
ユーフェは相変わらず呑気なのか分からないなあ。
「ふふふ、今まで一人だったから、大家族に憧れていたんだよね。これから楽しみだなあ」
雪菜さん? 貴女既に一緒に暮らす事決定ですか? あ、そうだね、一緒に契約したんだもんね。
「恋敵がもう一人……」
何よく分からない事を呟いているのだろうか、エクリアは。
結局、全員でもう一度直斗と雪菜で購入した家を見に行く事にした。
どんな家具を設置しようかなどと、話をしている女性陣であった。いつの間にあれ程仲良くなったのだろうか?
しかし、その一軒家には先客がいた。
二足歩行をする蜥蜴であった。
「ほう、なかなかイイ物件ではないか。直斗にしてはいいところに目を付けたな」
「いやはや、ここはイイ物件でございます。猫神教さえなければ三千から三千五百で売れたんですがねえ。まあ、買ってくれた方がいてこちらとしては大助かりですよ」
「不動産屋、よく知らせてくれたな。これは報酬よ。クカカカ、ワガハイが直斗のハーレムなど阻止してくれるわ!!」
「ふふふふ、少しくらい高く売らなければこちらとしても商売あがったりですからなあ!! 物件と情報、売るならば高い方がいいですのでなあ!!」
直斗の目の前で茶色の蜥蜴と不動産屋の高笑いが暫くやまなかった。
その日の深夜、直斗と雪菜に物件を売却した不動産屋の建物が王都から消滅した。
蜥蜴丸から情報料を受け取った不動産屋の男は頭髪と陰毛がごっそり消滅した状態で公園の噴水で発見されたという。
彼もまた、「猫はかわいい、猫はかわいい、猫はかわいい……」と呟きだし、猫神教の信者となったという話である。
ティンダロス家名物氷漬けの蜥蜴が翌日、ティンダロス邸の庭に出来上がっていたという話もあったトカなかったトカ。




