第81話
「本当に騎士団をやめるつもりか?」
「はい、もうこの騎士団でやりたい事もありませぬゆえ」
アークティカ国王は目の前に跪く黒髪の少女を、否、黒髪の女性を見おろしていた。
「何とか騎士団に残ってはくれないか? 君ほどの人材を失うのは痛い。その年で騎士団で一、二を争うほどの君を」
「私をこの国の騎士団に縛り付けていたアリスは他国に嫁ぎました。それに、以前から約束していた筈です。彼女が他国に嫁ぐなり、婿をとるまでしかこの国の騎士団に勤める気はない、と」
顔をあげた女性の決意は固いように見えた。翻意を促しても無駄だな、と国王は判断した。
「わかった。だが、もし国難が起こった場合、助けてはくれぬか?」
「国王陛下を、ですか?」
「民を、だ。この世界には魔族なども居る。彼らがいつの日かこの世界を征服する為に動き出さないとも限らない。その時は、民を守る為に君の力を貸してほしい。頼む」
頭を下げている自分を見つめる彼女の視線を感じたが、国の王としてこうして頭を下げるのは当然だと思っていた。
やがて、溜息が一つ聞こえた。
「分かりました。その時は微力ながら力を貸したいと思います。では、私はこれで」
先ほどこの国の第三王女であるアリスを護衛して彼女の嫁ぎ先のコンロン帝国から帰ってきたばかりであるが、黒髪の女性はここから早く離れたいとばかりに、足早に謁見の間を出て行った。
王宮内に与えられていた自分の部屋に帰り、最低限必要な衣服などをバッグに詰め込んで、黒髪の女性、セツナ・イワツキは足早に部屋を後にした。
まだ次の住居なども考えていないが、これからは冒険者でもして過ごそうと考えていた。残りの荷物などは新しい住居が決まったらその場所にメイドに送ってもらう手はずになっている。
お金を貯めてこの王都にでも家を買おう。そのように考えていた。
王城から出ようとした時、国王と王妃に捕まった。セツナはこの二人が苦手だった。
“この世界”で過ごさなければならなくなった後、この二人にはずいぶん世話になった。まるで、この世界での両親のように思った事もあった。
「セツナ、元気でね」
「これは、退職金だ。受け取れ」
手渡されたのは、一枚の紙きれ。
「これは?」
「冒険者になるのだろう? ならば、冒険者ギルドで換金してもらえ」
セツナはとりあえず、ありがたく受け取っておくことにした。金額がいくらかは分からなかったが、この世界に来て四年ほど。退職金が出るとしたら、高くても百万Gくらいだろう。
「セツナ、いつでも遊びに来てね」
「遊びに来る時は、遠慮せずにな」
二人から抱きしめられてしまった。不覚にも涙が出そうになる。
「ありがとうございます」
この世界に来て、悪い事ばかりではなかったな。
そんな思いがセツナの胸を暖かくしたのであった。
セツナは国王と王妃に別れを告げたその足で、冒険者ギルドに顔を出した。
冒険者登録をする前に、国王から貰った紙きれを換金できないか受付の女性に聞いてみた。
「五千万Gになるわね。どうする? 現金で受け取る?」
「ご、五千万?」
「現金で持っていてもいいけど、管理が大変よ? それに、若い女の子がそれだけの大金持っているとなると、よからぬ輩が貴女の周りをうろつかないとも限らないわ。今冒険者登録すればギルドカードに全額入れてあげられるけど、どうする?」
それほどの大金になるとは思っていなかったので、あたふたするばかりのセツナに優しく微笑む金髪の女性。
「私としては冒険者登録をする事をオススメするわよ? 後は信頼出来る冒険者達とパーティーを組むというのも、一つの手ね」
「は、はい、冒険者登録、お願いします!!」
何故だかこの受付の女性に逆らわない方がいい気がした。いや、逆らってはいけない気がした。セツナはすぐに冒険者登録をお願いし、四千九百五十万Gをギルドカードに入れてもらう事にした。少しは現金で手元に置いておきたいのだ。
どこかいい不動産業者を知らないか、シンシアと名乗った女性に聞いてみると、一つ紹介してくれた。
セツナは冒険者ギルドを出ると、以前から目をつけていた一軒家に向かった。まだ誰にも売られていないのなら、自分が買おう。そう思っていた一軒家があったのだ。一人で住むには広すぎるが、それもいいだろう。はやる心をおさえながら、彼女は目的地へと向かった。
しかし、彼女を出迎えたのは、虚しい現実であった。
目の前には、この世界では見る事のないような巨大建築物があった。正確に言うと、王都のような場所では。砂漠の中にポツンとある古代建築物ならばあってもおかしくはないが。
そして、その前にがっくりと膝をつきうなだれている黒コートの男がいた。
「ああ、俺の夢のマイホーム計画が……」
そんな言葉が聞こえてきた。きっと、目の前で膝をついている黒コートの男も自分が買う筈だった一軒家を買おうとしていたのだろう。
「ちくしょう、あいつらいつも俺の邪魔をしやがって……。蜥蜴には人間が支配する星で生きる事の厳しさを教えてやらねばならんな」
殺気を漂わせながら黒コートの男は立ち上がり、携帯電話をとりだし、何かをプッシュするといきなり黒コートの男の腕の中にバズーカが現れた。
「発射!!」
何故いちいち叫ぶのだ? そう思いながら見ていたセツナであったが、バズーカから放たれた弾丸は、巨大建築物の建てられた敷地内に入ったと思った瞬間、音を立てて壊れたように感じられた。敷地内に入った場合、結界が発動して攻撃を無効化したようにセツナには感じられた。
「クカカカ、貴様の行動はお見通しよ。故にワガハイ、防御態勢はしっかりとしてあるわ。バカめが!!」
「クソッ、蜥蜴の分際で……」
蜥蜴があの建築物を設計したのだろうか?
「畜生、もういい、もう帰ろう。他にいい物件がないか、不動産屋で聞いてみよう」
振り返った黒コートの男の顔を見て、セツナは自分の胸が高鳴ったのを感じた。
何で、何で彼がこの世界に居る? もう、五年くらいは会っていないけど、彼女は黒コートの男の顔に見覚えがあった。
だが、黒コートの男は自分を見つめる彼女に気付きもしなかったようだ。涙目であったので気付かなかったのも当然かもしれない。
「ナオト、何しているの? 朝食にも顔を出さないから心配したよ? 変な音が聞こえたから来てみたら涙目だし……」
ナオト? “彼”と同じ名前だ。彼もまた、自分と同じこの世界に来てしまったのだろうか?
「ああ、エクリア。ごめんよ。朝イチで不動産屋に顔を出していたんだ。買いたい物件があったんだけど……M蜥蜴丸とザリー軍曹に先をこされちまってた。何であいつらが王都にいるんだろう?」
「買いたい物件?」
「俺さ、この王都にマイホーム建てたいんだ。金は超古代科学技術怒迫力研究所でたまったからさ、ちょうどいい物件を買おうとしたんだよ。まあいい、もう一回不動産業者にかけあおう。他にいい物件がないかをさ。エクリア、付き合ってよ」
「まあ、いいけど……、お腹、すいていないの?」
「そうだね、何処かで軽くつまんでからいこう。エクリアも一緒にどう?」
「ナオトの奢りなら付き合うよ」
「じゃあ、行こうか」
セツナの見ている前で黒コートの男と金髪の少女は肩を並べて歩き去った。
二人の歩き去った方向を暫く見つめていたのは、どのような理由だろうか? 自問自答してみたが、答えは出てこなかった。
そして、セツナは頭をきりかえるように首を振り、目の前の巨大建築物に近寄った。
「超古代科学技術怒迫力研究所」
何故か漢字で書かれた看板であった。この世界の文字ではない。
なんとなくここには近づかない方がよさそうだ、そう思っているセツナの耳に「ぶぅるぅあああ!!」トカ言うような叫び声が聞こえてきた。
うん、ここから離れよう。可及的速やかに。
直斗はエクリアと共に不動産屋を再度訪れていた。
「どこか、他にいい物件はないかな?」
「条件としては、どんなのがありますか?」
「そうだね……十部屋くらいは欲しいな。後、ペット可。大型も大丈夫なところがいいな」
エクリアは何故直斗が一軒家を欲しているか、イマイチ理解していなかった。ティンダロス邸を出て行こうとしているのだろうか? 大型のペットであれば、きっと風牙だろう。コリスとクーちゃんも連れて行くのだろうか?
「うーん、一件ある事はありますが……、見てみます? ただ、物件自体があるだけで、家具も何もありません。ワケありなのでね、少し安いですよ。一千万Gでどうでしょう?」
「一千万? おいおい、王都の隅っこトカ、裏通りにあるトカじゃないだろうな? 治安はいい方がいいんだ」
「うーん、説明するよりは見てもらった方がいいですね。一緒に行きましょうか」
そして、直斗とエクリアは不動産屋に案内されて物件を見に行く事にした。
「へえ、いいところじゃないか。ここが一千万Gでいいの?」
直斗とエクリアが見た物件は二階建ての大きな建物であった。中心地からも離れていない。治安だってよさそうだ。
「ええ、買い手がつかなくてですね。元の住民たちも逃げ出したようなもんです」
「買い手がつかない?」
おかしい。一千万Gまで値下げしても買い手がつかないなど、ありえない。いわくつきの場所なのだろうか?
「あっちをご覧ください」
そう言われて視線を動かした先の建物から異様な雰囲気を感じた。
「あそこは……?」
「旧ダゴン商会……現、猫神教総本山です」
「つまり、ここは……?」
「猫神教総本山への通り道になってましてね、猫たちの。大量の猫が通過するのです。しかも、中には居座るモノも居るのだトカ。元の住民が猫好きではなくてですね、何とか追い出そうとしたら、『猫はかわいい、猫はかわいい、猫はかわいい……』とまるで呪文のように住宅を取り囲んで唱えるらしいんですわ、信者が」
「それで、耐えきれなくなって違う場所に住まいを移した、と……」
「ええ、しかも、物件の管理をしたくても猫が結構住みつきましてね。追い出そうとすれば猫神教が邪魔をしてくる次第でして……」
不動産屋としても、出来ればここを売却したいらしい。だが、王都内で一大勢力となりつつある猫神教と事を構えたくはないようだ。
「掃除も出来ない有様です。部屋の中もどうなっているか、あまり確認を出来ない状態でして……」
部屋の中も猫が我が物顔で居座っていてもおかしくないと言う。
「一千万Gか……」
直斗はどうにかしてこの物件をもっと安く手に入れられないか、足りない頭をフル回転させていた。
「本来なら四千万Gは欲しいところですが、猫のお蔭で家具もほとんどが使い物にならなくなりましてね。買ってくださるならもう少し値下げしても構いませんよ。こっちとしても、もうこれ以上この物件の管理費に金も人間もかけたくないのですよ」
「そうだな……」
直斗の頭の中では、コリスと風牙をこの屋敷においておけば猫はどうにでもなるのじゃないか、との考えが渦巻き出していた。まだエクリアやユーフェミア、ディアナがついて来てくれるかどうか、確認もしていないのに気の早い男である。クーちゃんが猫を追い払うのに役立つとは考えていなかった。
「よし、買おう!!」
不動産屋の顔に喜色満面の笑顔が広がりかけたその時、
「ちょっと待った!! その商売、ちょっと待って!!」
との女性の声がかかった。
直斗とエクリア、そして不動産屋がその女性の声がした方向に顔を向けた。
そこには、腰のあたりまで伸びた艶のある黒髪の女性がいた。スタイルはユーフェミアに勝るとも劣らないであろう。簡単に言えば、直斗好みのスタイルの女性がいたのである。
「その話、私にも一枚かませてくれないかな、ねえ、神代直斗君?」
そして、その女性を目を点にして見つめる直斗。
「生徒……会長……?」
「やっぱり、君だったんだね、神代直斗君」
穏やかに返事を返す黒髪の女性。
彼女が何故ここにいるのか分からず、疑問の表情の直斗。
「死んだって、聞いていたけど……?」
そして、その直斗を見て、胸に痛みが走ったエクリアであった。
この二人の再会は、エクリアに何をもたらすのであろう?




