第7話
どうしてこんなことを自分はしているのだろうか?
自問自答を繰り返しても答えなんて何処からも出てきやしなかった。
慣れない大工仕事を行わされている直斗は現在の自分の状況を振り返ってもどうにも納得がいかなかった。
受付ではシンシアの膝の上でコリスが丸くなっている。一体いつの間にあの二人は仲良くなったのだろうか?
「ほら、手が止まってるわよ、仕事仕事」
いつの間にシンシアは自分に対して敬語を使わなくなったのだろう?
直斗にとって分からないことだらけであった。
ようやく正気に戻った直斗が見たのは、自分へと近付いてくる数多の拳であった。
衝撃を伝える音だけは鳴り響いたが、直斗本人には一切のダメージを伝えていなかった。
「糞っ、こいつ、なんて固い体してやがるんだ?」
「こいつ、何故倒れない?」
「何発殴ったと思ってんだよ!!」
どうやら先程から何発も、何十発も冒険者ギルドにいる冒険者どもから殴られていたようだ。その全てをノーダメージとは、恐ろしい状態に自分はいたようだ。
エクリアの笑顔に心奪われてからというもの、しばらく呆然自失の状態でいたらしい。
しかし、だからと言って無反応の人間をよってたかってタコ殴りにするとは直斗のちっぽけな正義感が許さなかった。
「君たち、どうやらお仕置きが必要なようだね?」
意識を取り戻してからというもの、すぐに直斗は彼らに罰を与えなければならないと思った。
携帯電話を取り出し、ある人物を想像して555を入力。
そして「complete」の電子音声。
とりあえず直斗は目の前に立つ冒険者Aに声をかけた。
「元気ですかーーーーッ!?」
同時に放たれる平手。イメージは全身の力を抜き、鞭のようにしならせながらの平手。鞭打という技法。
もちろん、その時の直斗にはそんなことを考えている余裕は何一つなかった。ただ殴られ続けていたという事実。それが許せなかったのである。
無抵抗の人間を集団で殴り続けるような汚い根性の持ち主を目覚めさせてやろうと、考えていたとかいなかったとか。
とりあえず彼はその場にいた冒険者たちのほぼ全員を討伐対象と認定したのであった。
そして、平手を振るわれたほうはというと、
「ありがとうございましたッ!!」
と、何故かよく分からない返答と同時に冒険者ギルドの壁へと叩き付けられた。
「元気ですかーーーーッ!?」、「ありがとうございましたッ!!」、壁への激突音。
その三つが暫く繰り返された。
荒くれ者の多い冒険者ギルドでは簡単な衝撃では壊れないように壁などが設計されている。しかし、直斗の平手を受け、吹き飛ばされた冒険者たちが激突した壁は全部ではないが、いくつかが破壊されたのであった。
「なんと虚しいものか、人を殴るという行為は」
「……そんな風にカッコよく言ってもダメよ、弁償してもらいますからね」
今は受付のお姉さん(ようやく名前がシンシアだということを知った)の前で正座をしている直斗。
「借金まみれの俺に大金を払えとおっしゃるので?」
「壊したのは貴方でしょう?」
「だが、先に手を出してきたのはあいつらだ。どうせやるなら喧嘩両成敗だ」
借金がこれ以上増えるのは御免こうむるので気合を入れて頑張る直斗。
「もちろん彼らからもお金は貰うけどねえ」
「結果は俺が巻き起こしたものだとしても、原因を作ったのは彼らだ。よって、9対1。彼らが9で俺が1。いや、9.9対0.1。これが妥当」
「いくらなんでもそれはないんじゃないかしら?」
「お願いします! 金がないんです!!」
形振り構わず土下座に移行する。プライドも大事だが、金も大事である。サラリーマン時代何度も頭を下げ続けてきた彼にとってこの程度で頭を下げることに何の遠慮もない。
流石に可哀相に思ったのか、シンシアは修理を手伝うことを条件に直斗から修理代をとることを諦めたのであった。
周りの冒険者たちはブーイングをしたが、意に介さないシンシア。それどころか彼女の一睨みで誰もが沈黙した。その場にいた冒険者が全員「逆らえば殺される……」、そう錯覚したという。
シンシアはそうして彼らから修理代をこってり絞り取ったのであった。もちろん、修理に必要な金額を軽く超えるが、誰一人として彼女に逆らえる者はその場にいなかったのである。
「あのビンタより、彼女の一睨みが効くんだ。魂の底まで震えた気がした……」とは後に冒険者Aが語った言葉である。
その後、シンシアにナンパ行為をしようとする冒険者たちは誰一人いなくなった。他の国や都市からレムリア王都に来た冒険者に最初に告げられる言葉は「受付のシンシアさんにだけは逆らうな」になった。
それもあってか、それ以降彼女に気安く話しかける冒険者は女性か直斗だけになったという話である。ギルドマスターですら彼女には逆らえないとか寧ろ喜んで彼女の下僕になったとか、そんな都市伝説まで流れるようになった。
そして冒頭へと戻る。
その時、エクリアが冒険者ギルドへと入ってきた。
修理業者と一緒になってトンカチを振るっている直斗に目を丸くする。
修理業者が簡単に壁を壊したり修理したりしている間に何度もトンカチを自分の手にぶつける直斗。そしてそのたびに悲鳴を上げていた。
いつもは少なくない冒険者がいるこのギルドは今日に限って閑散としていた。
「何があったんです……?」
とりあえずシンシアに声をかけてみる。
「ああ、エクリアちゃん。貴女が帰った後ナオト君が大暴れしてね、随分壁を壊してくれたのよ。修理代はとてもじゃないけど払えないって言うから、働いて返して貰おうと思ってね」
「あれで?」
「サンドワームを倒したっていうくせに、不器用よねえ」
不器用さはサンドワームを倒した事とは関係がないようにエクリアには思えたが、確かに直斗は不器用に見える。
「あ」
「あらら」
二人が見つめる先では痺れをきらした修理業者が直斗を怒鳴りつけ、修理作業から外したのだった。
半泣きになりながら近付いてきた直斗を迎える二人。
「お疲れ様」
とりあえず、このセリフが妥当かなと思いながら直斗に声をかけるエクリア。
「や、やあ、エクリア」
何故か顔を赤らめ、少しどもりながら挨拶を返す直斗。
そんな二人を見てニヤニヤするシンシア。そして彼女の膝の上で寝息を立てるコリス。一見平和なように見えるシーンであった。
「それで、今日はどうしたんだい、エクリア? また何か、依頼でも受けに来たの?」
どうにか平静を取り戻した直斗はエクリアに語りかけた。何とか頭の中から昨日のエクリアの笑顔を追い払う。そうでなければエクリアとまともに話が出来そうになかったからだ。
「ううん、今日は依頼を受けにきたんじゃないよ。宿屋の方に顔を出したら冒険者ギルドに向かったって聞いたから、こっちに来てみたんだ」
宿屋の方に行った? それは、何の目的でだろうか? 自分に会いに来てくれたのだったら嬉しいなと考える直斗。頭の中の彼は鼻の下が伸びっぱなしであった。
「武器屋を見に行こうと思うんだけど、ナオトも一緒にどうかな、って思って。やっぱり武器を身に着けていないというのはどうかと思うんだ」
「武器は必要ないけどなあ」
事実直斗にとって武器は必要ない。昨日もビンタ一発で冒険者を何人も吹き飛ばしたのである。高い金を払って武器や防具を揃える必要はないのだ。例の携帯電話をなくさなければそれでいいのだ。例え紛失したとしてもいつの間にか彼の手元に戻ってくるだろう。それが安心のリリスクオリティーである。
「いいから行くよ」
直斗の腕をとり冒険者ギルドから出て行こうとするエクリア。
それに気付いたのかシンシアの膝の上から飛び降りエクリアの肩の上に移動するコリス。直斗はそれを見て武器屋行きは決定だな、と諦めた。
「あら、デートかしら、羨ましいわねえ」
直斗の腕をとったエクリアを見て、羨ましいねえといった感じで声をかけるシンシア。その声が本当に羨ましそうに聞こえた直斗であった。
「ち、違います、デートじゃありません!! 戦闘準備です!!」
直斗の腕をとったことが恥ずかしくなったのか、それともからかわれたのが恥ずかしくなったのかエクリアはぱっと直斗の腕を離した。
少し残念な感情にとらわれた直斗。むむ、ここはエクリアの手をとって堂々と冒険者ギルドを出ていくべきであろうか……?
顔を少し赤くして冒険者ギルドを足早に後にするエクリアを見て彼女と手を繋ぐという行為を諦め、直斗はエクリアの後を追った。
「ごゆっくり~~」
そう言いながら手をひらひらと振るシンシアのことは気にしないことにした。
石畳を並んで歩きながら、工業区画を目指す。武器屋というよりは、直接工房へと出向くらしい。
「私の連接剣を作ってくれた職人さんのところにまずは行こう。もう一度作ってもらえるかどうか聞いてみないと」
そう言って可愛く拳を握るエクリア。今の直斗には彼女の動作全てが可愛く見える。
「直斗は本当に武器は必要ないの?」
「必要ないよ。昨日も見たでしょ?」
確かにそうだけどね、と言いながらもやはり納得がいかないようだ。
「でも、やっぱりあったほうがいいと思うな。武器一つ持たない冒険者なんて他の冒険者から見たら不思議以外の何物でもないからね」
エクリアの言い分ももっともである。結局直斗は武器屋などで安くていいものがあれば武器を購入することにした。
高いものはもちろん買うことが出来ない。借金まみれの彼がまず気にするところは金額である。無い袖は振れないのである。
金で身を滅ぼした人間も見てきたし、自分から金を借りて全然返そうとしない学生時代の友人もいた。金は人間を狂わせるのである。
かくいう彼ももっと金があればフィギュアやら布物のマニアックな品物を集めていただろう。そこまで大金を持っていなかったからこそ踏みとどまることもまた出来るのだ。
工業区画へと向かい、目当ての職人の工房兼武器屋へと辿り着いた。
「お、ナオトにエクリアではないか。どうした、武器でも買いに来たのか?」
やたらとフレンドリーに声をかけてきた男がいる。
直斗は首を傾げた。この王都で彼に親しげに声をかける人間などエクリアやシンシアを除けば宿屋の主人くらいであろう。
この背の高い金髪をオールバックで固めたナイスミドルとは出会ったこともないはずだ。
「誰だ……? こんな知り合いいたかな?」
声に聞き覚えはどことなくあるが、顔は思い出せない。疑問に思ったことをつい口に出してしまった。
「何言ってるの、ナオト? 父さんだよ」
エクリアの声に我が目を疑った直斗であった。
「な、なんだってーーーーッッ!!」
直斗の叫びが王都中に響き渡ったとか、そうでもなかったとか。