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第77話

「遂に、遂にここまで辿り着いたぞ……!!」

 直斗は目の前の扉に“ここから先、最上階”と書かれた板が打ちつけられているのを見て、感慨にふけっていた。

「何度似たようなやりとりをしたか、覚えているかね?」

「忘れたよ、どうでもいい事は」

「厨二病を忘れた……だと……?」

「厨二病を忘れる事なんて出来やしねえよ。何故なら俺はまだ昇り始めたばかりだからな、この永遠とわに続く厨二坂をよ」

「ねえ、途中から俺のフリして会話するのやめてくれない? お願いだからさ」

 「忘れたよ~」からは、直斗のフリしたシルヴィアと蜥蜴丸とのやりとりである。そう、直斗は時々ではあるが、厨二病を卒業したいと思っているのである。基本的にいい大人がいつまでも厨二病と言うのは痛いだけだと思っている。だが、蜥蜴丸と一緒に行動している時は基本的に厨二病を卒業したいという事を忘れているのである。むしろ、厨二病まっしぐらである。

「ナオト、お前が厨二病とやらから卒業できるとは思っていないぞ、安心しろ」

「嫌な安心のさせ方しないで。俺は、卒業したいの、厨二病を!!」

 ディアナの慰め(?)に拒否反応を示してしまう直斗。

「ナオト君はさ、厨二病と蜥蜴丸の愛方、どっちを先にやめたい?」

「蜥蜴丸の愛方」

 いやいや、待て待て、何で俺が蜥蜴丸の愛方になってんの? 何度でも言うけど、俺は蜥蜴丸の愛方じゃないから!! そう叫んだが、ユーフェミアには軽く首を横に振られた。ついでに軽く肩をすくめやがった。貴様は欧米人か!! そう叫びたかったが、通じそうになかったので、叫ぶのはやめた。

「大丈夫、ナオトが自力で厨二病を卒業出来ないって言うなら、私が卒業させてみせるから。ゆっくり、自分のペースで歩いていこう?」

「え、エクリア……。なんて優しいんだ……ッ!!」

 感激のあまりエクリアを抱きしめてしまう直斗。ああ、俺は何ていい彼女を持ったんだろう。こんなに厨二病に理解のある彼女だったなんて……ッ。実際は付き合ってすらいないのに、脳内では付き合っている事になっているあたり、甘い言葉に弱いのが丸わかりである。

「エクリア、恐ろしい……」

「やるな、エクリア。ナオトの弱みに付け込んでリードを奪うとは……。ナオトにはやはり、鞭より飴か……?」

 あの表情、好感度がさらにアップしたな、などと考えてしまうユーフェミアとディアナ。やはり、エクリアは自分たちよりかなり先を行っているな、と二人同時に考えたトカ考えなかったトカ……。

――いつまで抱き合っているのだ? いい加減我は帰りたいので、さっさとこの先に向かいたいのだが……。

 風牙の溜息に、自分がいつの間にかエクリアを抱きしめていた事に気付いた直斗。

「ご、ゴメンエクリア……痛くなかった?」

「もう少し、強く抱きしめてくれても良かったのに……」

 それは、どういう意味だ? もっと先のステップに進んでもいいという事だろうか?

 混乱する直斗をよそに、「さっさと行くぞ」との蜥蜴丸の合図に皆が歩き出した。エクリアも恥ずかしくなったのだろうか、そそくさと皆の後を追って歩き出した。

 呆然とする直斗がただ一人、その場に残された。

 



 皆が扉の向こうに消えても数十秒間、直斗はその場に立ち止ったままであった。

 おいおい、コレはチャンスじゃね? そう言えば、この古代博物館に入場する前に、エクリアは俺への好感度はMAXだトカ言っていたじゃないか……ッ!!

 色々と混乱して、思考がいつもよりだいぶおかしな方向へと進みだしたその時、直斗の肩を叩く者がいた。ゲーサンである。彼は一人だけ残っていたのだ。いや、残っていてくれたのだ。俺の事を心配してくれたのだろう。持つべきものは素晴らしい仲間だな!! そう考えていた直斗であったが、ゲーサンの真意は違ったらしい。

「げげ、げっげげ」

 左手をサムズアップしたかと思うと、いきなりその左手で首をかききる仕草をし、最後には親指を地面へと向けた。地獄へ堕ちろ、そう言いたいのだろうか? いや、それ以前に上へと向けたその指は、親指なのだろうか? 色々と混乱していた直斗は、更に変な事を考え出した。

 ゲーサンは右手にプラカードを握っていた。つい、それを見てしまう直斗。

 そのプラカードには、“リア充爆発しろ”と書かれていた。

 プラカードを見せつけた後、そのプラカードで直斗の顔面を殴った後、ゲーサンも扉の向こうへと消えていった。

「俺が、何したッちゅうねん……」

 インチキ関西弁が口から出てしまう直斗。

「やっぱり、厨二病がリア充になってはいけないのか……?」

 おかしな精神状態になった直斗であったが、置いてきぼりをくらうのは嫌なので、結局は皆の後を追って歩き出したのだった。




「ようこそ、諸君、遂に君たちは最上階まで辿り着いてみせた。しかも、誰一人脱落する事無く、だ。実に喜ばしい事じゃないか!!」

 直斗を出迎えたのは、特徴的な声と体の持ち主だった。

「ふん、ワガハイらの、否、ワガハイの実力をもってすれば至極当然の事ではないかッ!?」

 最後まで喋り終えたかと思った瞬間、蜥蜴丸の体は宙を舞った。

「貴様、私が初めて会った階で言った事をもう忘れたのか? 蜥蜴と言うだけあって、腐った脳みそしかその頭には詰まっていないのか?」

「サー、申し訳ありません、サー!! 最上階まで上り詰めた感動で、頭とケツにサーをつけるというお約束を忘れておりました。おかげで今、宙を舞うというお約束をしております、サー!! しかし、念のため申し上げておきたいことがあります、発言を許可していただけますか、サー?」

 壁際まで吹き飛ばされた蜥蜴丸であったが、何故かまた、ザリー軍曹の所まで戻ってきて発言の許可をお願いした。宙に舞ったままで。

「よかろう、許可する!! 言いたい事があるなら、言ってみせよ!!」

 再度方向を変える蜥蜴丸。また蜥蜴丸が剛腕に殴られ、まるで反射するかの如く方向を変えたのであった。

「サー、では発現させていただきます、サー!! まず申し上げたいのは、蜥蜴がザリガニ如きに負けるなどと思われるのは許せるものではありませんな。サー、その上ワガハイは世界一、否、宇宙一の科学力を誇るリザード星出身の科学者。あえて言わせてもらおう、『リザード星の科学力は宇宙イチィィィィィッ』と!! そう、そのワガハイをして、ザリガニに知能で負けるなど思われるのは、プライドが許さないであります、サー!!」

 またも反射するかの如く跳ね返ってくる蜥蜴丸。直斗の視界に、蜥蜴丸を反射している物体、ではなく、生き物が映った。ゲーサンであった。

 蜥蜴丸の打ち合いに飽きたのか、蜥蜴丸にアッパーカットをうちこみ、天高く舞い上げたのだった。




「さあて、お前たち唇の黄色い……ではなかったケツの赤い……でもなかった、嘴の黄色いひよっこどもにプレゼントがある。受けとれぃ!!」

 そう言いながら、ザリー軍曹が直斗たちの眼前にさしだしたのは、皿に乗った物体であった。

 何故だろうか、もう十分冷えたであろうはずのそれは、スポンジ部分がぐつぐつと煮えたぎっていた。

「ざ、ザリー軍曹、何かな、コレは……?」

 おそるおそるユーフェミアが尋ねる。

「何と聞かれてもな……。最上階まで上り詰めたお前たちひよっこどもへの私からのプレゼントである。嬉しいだろう? さあ、食したまえ!!」

 どうやらザリー軍曹は女性陣には優しいようである。頭とケツに“サー”をつけなくても、何も言わないし、殴りもしない。

「た、食べられるのか、コレは……?」

 ディアナも戦々恐々としている。これ程恐怖に怯えるディアナを見るのは初めてだ。魔王配下四天王の一人ですら恐怖に怯えさせるとは……。

「いやいや、食べられるわけないよ、こんなの」

 エクリアの意見に賛同したい直斗である。むしろ、扉の前に引きかえそうとした。エクリアやディアナ、ユーフェミアにひきとめられたのである。

「お残しは、許しませんぞぉ!!」

 ザリー軍曹も、キャラが変わっている。どうした?

 直斗もまた、岐路に立たされていた。

「お前たち、ケツの赤いひよっこどもを歓迎する為に精魂込めて作ったプレゼントをないがしろにするつもりかぁ?」

 ケツの赤いというのは、猿だとでも言いたいのだろうか? 猿なのに、ひよっことはこれいかに?

「三色のザリ……ガニ……?」

 ぐつぐつと煮えたぎる……なのに、一切見た目の変化がないスポンジ部分の上に、緑・赤・白の三色のザリガニが飾られていた。こんなカラフルなザリガニは見た事がない。

「そう、私の自信作、ザリガニケーキであるッ!!」

「同族食いかっ!!」

 次の瞬間、蜥蜴丸の体は宙を舞った。懲りない男、否、蜥蜴である。




「緑は青汁、赤はレバー、白は白子である!!」

 どうやら、その食材を使ってザリガニの形にしたらしい。どうやったらその食材でザリガニを象る事が出来たのか。青汁など、固められるモノなのだろうか? もはや、天才であると言っても過言ではないだろう。何故その食材でザリガニを象ろうと思ったのか、誰にもザリー軍曹の真意は理解出来まい。そして、誰もザリー軍曹の真意を理解しようとは思わないだろう。

「さあ、食せ!! 貴様らひよっこが軍曹の厚意を無下にすると言うのかね?」

 食べるのか、コレをッ!? 否、食べる事が出来るのか、ニンゲンはこの食への冒涜とも言えるザリガニケーキを食べても無事でいられるのかッ?

 直斗は、覚悟を決めた。

「俺、このザリガニケーキ無事に食べきる事が出来たらエクリアに結婚を申し込むんだ……」

「人、それを死亡フラグと言う……貴様ら、何をするッ!? グルメたるワガハイがこのようなモノを食べるわけがなかろうッ!!」

 ふと横を見ると、ザリー軍曹が直斗を見つめている間に、女性陣が蜥蜴丸の口に自分に課せられたノルマ分のザリガニケーキを押し込んでいるのが見えた。

 お互い苦笑する直斗と蜥蜴丸。もっとも、蜥蜴丸の目はまるで悟りを開いているかのように見えた。

 無事、生きて帰る事が出来るといいな……。


 覚悟を決めた直斗は、ザリガニケーキを一息に口の中に入れた。

 何、レバーは苦手だが、食えない食材ではない。白子と青汁など、よく知らないが、未知の食材だ。しかし、決して有毒な食材ではあるまい。食べられない事は無い筈だ。


 





 そして、直斗の視界は闇に染まった。

 漆黒の、闇が世界を支配していた。

 この漆黒の闇に閉ざされた世界で、直斗と蜥蜴丸は二人きりであった。

 あのザリガニケーキを食べたモノだけが辿り着ける境地に今、二人きりであった。そこで過ごすは、永劫の漫才地獄であろうか?











「立ったまま、ピクピクしているね……」

「目が、腐った魚みたいな目をしているな……」

「戻ってくるかな、ナオト君は?」

「やれやれ、酷いですね、蜥蜴丸に無理やり食べさせるなんて……」

――シルヴィアよ、お前はどうしたのだ、あのザリガニケーキ?

「窓から放り投げました」

 闇に染まらなかった世界で、直斗と蜥蜴丸を除いたパーティーメンバーの会話だけが響いていた。ゲーサンはザリガニケーキをどうしたのだろう?












「ぬぅぅ、食べられない筈はないのだが……」

 せっかくのもてなしの料理を食べさせてやったのに、軟弱なひよっこどもめ。

「まったく、近頃の若いモノは……」

 この私が食べてやればいいのだろう? 食べられない食材など使っていないのだから。

 そして、直斗の持っている皿に残っていたザリガニケーキを一口食べたザリー軍曹もまた、直斗と蜥蜴丸のいる世界へ旅立ったのだった。


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