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第73話

 次のフロアーにようやく辿り着いた。階段を上りきり、扉の前に着いたのだ。この先に、何が待ち受けているのだろう?

 直斗は後ろを振り返り、全員居る事を確認する。エクリア、ディアナ、ユーフェミアにシルヴィア。エクリアの腕の中にコリス。女性陣の後ろをカバーするかのように警戒を怠らない風牙。風牙の頭の上にクーちゃん。

 そして、少し遅れてゲーサンがやって来た。

「遅いぞ、ゲーサン」

「げげ、げっげげ、げげっげ」

「ヒーローは遅れてやってくると聞いた事がある。つまり、俺は遅れて登場するのが当たり前。そう申しております、ゲーサンが」

「ユーフェ、適当に訳すなよ」

「え、でも、ゲーサン頷いているよ?」

 ユーフェミアの言葉に疑問を抱きつつゲーサンを見てみると、何故だかゲーサンが首を縦に振っていた。もしかしたら、ユーフェミアが適当に訳した言葉が正解だったのかもしれない。もちろん、正解は誰にも分からない。いい言葉だ、そう思ってゲーサンは首を縦に振ったのかもしれない。

「まあいい、全員そろったな。では、扉を開けるぞ!!」

 全員の返事を待たずに扉に手をかける直斗。しかし、開かなかった。鍵がかかっているのかもしれない。鍵穴が、確かにそこにあった。

「誰か、鍵持っている?」

 もしかしたら、前のフロアーでモンスターが素材と魔石と一緒に落したのかもしれない。

 しかし、全員が首を横に振った。どうやら、誰も鍵など見ていなかったようだ。

「そうか……、ま、鍵がなければぶち壊して進めばいいだけの事よ」

 直斗はそう言いながら、携帯電話でコンバットバイソンを呼び出し、鍵穴に向かい至近距離からMBマインド・バレットを撃ち込んだ。鍵穴と扉の一部が破壊され、扉を開ける事が出来るようになった。

「さあ、先へ進むぞ」

「どんどん蜥蜴丸に毒されていくな、ナオトは」

 ディアナの言葉に愕然と振り向く直斗。何故そんなに驚いているのだ、と直斗を見返すパーティーメンバー。

「俺が蜥蜴丸に毒されている……だと……?」

 心底驚いているかのような声を出す直斗。

「何を今更驚いているのですか? もしかして、自分は蜥蜴丸に毒されていないと思っていたのですか? 皆が貴方の事を蜥蜴丸の愛方と認めているのは当然の事ではないですか」

 シルヴィアの毒舌が、直斗の心を抉った。

「み、認めない!! 俺は断じて認めないぞッ!!」

 半泣きになりながら駆け出す直斗。自分でも蜥蜴丸に毒されているという自覚があるのだ。だが、認めたくなかった。

「やれやれ、分かっている癖に」

 ディアナのため息交じりの一言が、パーティーメンバー全員の心情を現していた。

「あはは、でも、認めたくない気持ちも、分からないでもないよ。それに、追いかけなかったら、きっと拗ねるよ。そこら辺も、蜥蜴丸に似てきたかな?」

「エクリアはホント、ナオト君の事理解しているねえ。まあ、私も同感、かな。追いかけようか」

「そうだな。きっと、暫く走ったところで、膝を抱えて蹲っているか、モンスターとバトルしているかのどちらかだろう」

 エクリアの意見に、ユーフェミアとディアナが賛同の意を示した。

「む、ナオトハーレムは皆同意見ですか。私もここで同意したらナオトハーレムの一員に仲間入り出来るでしょうか?」

 先に進んだ三人を見ながら呟くシルヴィア。

――貴様は本当にあのヘタレがハーレムを築いているとでも……?

「思っていませんよ。ナオトさんは大事なところでヘタレますからねえ。見ている分には楽しいものです」

――よく分からん人間関係をしているのだな、お前たちは。

「まあ、それでも私たちの中心にいるのは、やっぱりナオトさんですよ」

「クー」

 クーちゃんが賛成、と言わんばかりに鳴いた。

――やれやれ、我らも先へ進むか。

「そうしましょう」

 シルヴィア、風牙、クーちゃんは、すぐにエクリア達に追いついてしまった。三人とも、何かを悩んでいるようだった。

「あ、シルヴィア、ねえ、何か忘れている気がするんだよね、しかも、大事な事を。風牙も、何を忘れているか分からないかな?」

 三人を代表して、ユーフェミアが問いかけてきた。

「さあ、何かありましたでしょうか?」

――分からんな。

「クー?」

 全員何かを忘れている気がするが、何を忘れているか、誰も分からなかった。

「げげっげ」

 そんなメンバー達の横を、我関せずと言わんばかりに通り過ぎていくゲーサン。

「あ、ゲーサンか!!」

 右拳を左掌に打ちつけて、納得と言わんばかりの声を出すユーフェミア。そして、その後を追いかけて行った。

「なんか、違う気がするんだけどなあ……?」

「ま、気にしたってしょうがない。全員そろって思い出せないと言うのならば、きっと大事な事ではないんだろう。先へ急ごう。ナオトが泣いているかもしれんぞ」

 首をひねって、何とか思い出そうとするエクリアの肩を叩き、先へ行こうと促すディアナ。そして、悩んでいてもしょうがないと思ったのか、ディアナと一緒に歩き出した。

「ふむ、何でしょうねえ?」

――さあな、どうでもいい事だろう。我は先に行く。

「クー」

「あ、置いていかないでくださいよ」

 結局、全員歩き出した。暫く先に、泣いているかも知れないナオトがいるのだ。あまり待たせるのは可哀相だろう。




 直斗を追い、パーティーメンバー全員が扉の向こう側へと消えてから数分後、そこに一つの影が現れた。

「クカカカ、ヒーローとは、遅れてくるモノよ。待たせたな諸君、いやはや済まないねえ。道が混んでいたモノでね。ま、貴様らが今頃扉を開けられなくて困っていると思ってねえ、鍵を持ってきたよ。さあ、ワガハイに感謝したまえ」

 意気揚々とやって来た蜥蜴丸であったが、そこにはパーティーメンバーの姿はなかった。そして、蜥蜴丸が見つけてきた鍵を必要とする扉は、既に破壊され、開け放たれていた。

「……ふん、相変わらず物語のセオリーを無視する奴らよ」

 己が一番物語のセオリーを無視している事を棚に上げる蜥蜴丸であった。

「まあ良い。ワガハイの活躍の場はこれから先、いくらでもある。奴らの後を追おうではないか。そして、奴らは知るだろう。ワガハイが如何にカッコイイか。ワガハイが如何に大切な仲間を。泣いて謝らせてやろう」

 そして、蜥蜴丸も扉の向こうへと、姿を消した。




 しまった、先に進み過ぎたか。

 直斗は、後ろを振り向いたが、そこには誰もいなかった。

 十分以上全力疾走したのがいけなかったのだろう。今の俺ならフルマラソン四時間きって完走出来るかもしれないな。十分で一キロメートル以上軽く走った気がするからな。しかも、まだ息も腹も苦しくない。やはり、この世界で鍛えられたからだろうか?

 直斗は、日本に居た頃、会社の先輩に無理やり連れて行かれたマラソン大会の事を思い出した。あの時は、完走出来なかった。むしろ、するつもりがなかった。何が楽しくて四十キロ以上も走らなくてはならないのか。

 今の俺なら、あの頃と違い、色々と異世界ファーガイアで荒波に揉まれた俺なら、完走出来る筈……、たかだか四十数キロを走る事など簡単ではないか……!!

 しかし、ここである考えに行きつく。この世界にフルマラソン大会などない。なんだ、結局は走らなくていいじゃないか。

 そんなバカな事を考えていた時、目前に殺気を感じ、足を止め身構えた。

「ほう、私の殺気に気付いたか、ヌシ、只者ではないな」

 そう言いながら姿を現したのは、オークであった。

 前のフロアーにいたのとも、また違ったオークであった。腰に日本刀をさしている。そして、頭部はフサフサとした黒髪。左目には、日本刀の鍔を用いた眼帯。

「この科学研究所だか、古代博物館だか知らぬ場所に閉じ込められ、幾星霜。私は己の武を高める事にだけ尽力してきた。そして今、ツワモノと剣を交える事が出来るとは。神に感謝せねばならんな」

 ヤバい、ヤバいよコイツ。自分語りを始めちまったよ。何の神に感謝するんだろう? 豚の神か?

「すみません、俺、先を急ぐんで。じゃ、また」

「うむ、そうか、先を急ぐか。では、仕方ないな。先に進まれよ」

 あっさりと道を開けてくれたオーク侍(仮)。

「いやあ、どうもスミマセン」

 頭をかきながら、オーク侍(仮)の横を通り過ぎようとする直斗。

「とでも、言うと思ったか、バカめ!!」

 間合いに入ろうとした瞬間、抜刀をして襲いかかって来たオーク侍(仮)。もちろん、警戒していた直斗は何とかバックステップして日本刀の一撃をかわす。

「ダメか。仕方ない。では、一騎打ちといこう」

 直斗はこのオーク侍(仮)がかなりの実力者だと分かった。少なくとも、剣の腕で敵う相手ではない。ディアナあたりだったら返り討ちにしてそうだけども。

「グフフフ、今宵の豚鉄トンテツは血に飢えておるわ」

 日本刀をぺろりと舐めながら、なんかカッコイイセリフを吐き出したオーク侍(仮)。あの日本刀、豚鉄トンテツという名前なのか。カッコイイのかカッコ悪いのか分からんな。

「では参る!!」

 そして、素早く直斗との距離を詰め、日本刀を振り下ろすオーク侍(仮)。

「ま、待った!! 待ってくれ!!」

 右掌を広げてオーク侍(仮)の顔の前にさし出す直斗。眼前に広がった直斗の掌に怪訝そうな表情をするオーク侍(仮)。

「待ってくれ、なあ、あんたの剣術の流派を教えてくれ」

 命乞いと言うワケではないようだ。 一度距離をとり、再度構えるオーク侍(仮)。

「私の流派は、豚敵トンテキ流剣術だ!! 流派を知ったところでヌシに抗う術はない。死ね!!」

 己と直斗の実力差を分かっている声だった。流派を知ったところで対抗手段など生み出せるはずもない。何故ならこの流派は己一人だけの流派だからだ。師もなければ、弟子もない。己の死と共に、この地上から消え去る流派である。

 思考を一瞬で振り払い、そして、再度直斗との距離を詰め、日本刀を振り下ろす。再度直斗の右手が上がる。バカめ、今度は剣を止めぬ。我が糧となり、死ね!!

 だが、今度はそのあげられた右手に、見た事もない物体が握られていた。

 そして、発射される弾丸《MB》。

 己の腹に開いた風穴を見おろし、しかし、それでも止まらず、距離を詰めるオーク侍(仮)。

豚敵トンテキ流ね。覚えておくよ」

 距離を詰めようとしたオーク侍の視界に映ったのは、背を向けた直斗の背中。

「貴様、戦闘中に背を向けるなど……ッ!?」

 勝負の最中に背中を向けるなど、言語道断。まだ、私は死んでいないのだ。だが、襲い来る殺気など気にもせず、直斗は背を向け続けていた。

「もう、勝負はついていたのだよ」

 その直斗の言葉が聞こえたと思った瞬間、オーク侍(仮)は、己の体が燃え出したのに気付いた。腹に開いた風穴のあたりから、火がついていたのだ。

「貴様ァッ!? 私を焼き豚にするつもりかッ!?」

「あんたは不味そうだ」

 振り下ろされた日本刀が直斗てきの背中に届いた、そう思った瞬間、己の体が完全に炎に包まれた事に気付いたオーク侍(仮)。

「ぬおおおおッ!! 私はもっと、死闘の末に死にたかったぁッ!!」

 オーク侍(仮)の思念を占めるは、後悔だろうか?

「神代直斗、千石所望、なんちゃって。俺と死合いたければ、良さげな褒美でも持ってくるんだな」

 しかし、オーク侍(仮)の思いを無視するかの如く、直斗の口からはふざけた言葉しか出てこなかった。


 焼け落ちたオーク侍(仮)が落としたのは、美味そうな焼き豚(日本のスーパーなどででよく見かける焼き豚)と、芸術品とも思われる日本刀の鍔、そして、少し桃色がかった魔石であった。

「食えるのか、この焼き豚?」

 パーティーメンバーと合流する為、その場にとどまった直斗の脳裏を占めていたのは、果たしてこの焼き豚が食えるかどうかであった。

 そして、パーティーメンバーが合流を果たした。

「その焼き豚、どうするの?」

 焼き豚を手に悩んでいる直斗にエクリアはとりあえず問いかけた。

「蜥蜴丸に毒見をさせよう」

 直斗が言った瞬間、残りのパーティーメンバーが全員顔を見合わせた。

「どうした?」

「さっきから何か忘れていた気がずっとしていたんだよ。蜥蜴丸の事だったんだ」

 ユーフェミアがしみじみと呟いた。今、まだこの場に蜥蜴丸はいない。

「先に、進もうか……」

 その言葉は、誰の口から出た言葉であっただろうか?

 特に反対する者はおらず、先に進む事にした。






 十数分後、蜥蜴丸は腹をおさえてのたうちまわっていた。蜥蜴丸はただ、通路の上に「蜥蜴丸さんへ。愛をこめて」とチョコレートクリームで文字が書かれている皿の上に乗っていた焼き豚を食べただけであった。

「と、トイレは何処にある……?」

 このような場所にトイレなどありそうもないが、何故かあった。

 蜥蜴丸は、何一つ疑うことなく、トイレに駆け込んだ。疑う余裕などなかったのだ。

 しかし、トイレに駆け込んだ蜥蜴丸はそこにあったモノを見て、愕然とした。

「わ、和式トイレだと……?」

 ふ、踏ん張れというのか……?

「ゆとり世代であるワガハイへの挑戦か……?」

 ゆとり世代かどうかは分からぬが、蜥蜴丸は和式トイレを苦手としていた。

「洋式トイレは、ないのか……?」

 そこに、洋式トイレはなかった。

「踏ん張るしか、ないのか……?」




 蜥蜴丸がトイレに駆け込むまでをモニター越しに眺めていた存在があった。ザリー軍曹であった。トイレの中まではもちろん、監視していない。

「バカめ、拾い食いをするなど、愚の骨頂よ」

 彼の前には、何故か分からないが、巨大な鍋が置かれていた。そして、その中身はぐつぐつと煮えたぎっていた。

「もうすぐ、もうすぐ完成よ」

 何が完成すると言うのだろうか?

「待っておれ。素晴らしいお宝が、もうすぐ完成するぞ……」

 その笑みは、邪悪な、それでいて愛嬌のある笑みであった。


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