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第6話

 泣きつき抱きついてくるエクリアの感触をしばらく楽しんでいた直斗であったが、流石にいつまでもべとべとの状態の自分に女の子を抱きつかせているわけにはいかなかった。

 エクリアを軽く押し返し、頭を撫でる。

「あちゃあ、お互いべとべとになっちまったな」

「ふふ、そうだね」

 泣きながら微笑むエクリアにまたもハートを撃ち抜かれた直斗。次の言葉が告げられない。

 どうする、これからどうすればいい?

 砂漠でモンスター狩りを続けるにせよ、王都に戻るにせよ、こんなべとべとの状態では出来ればいたくない。

 そんな時、エクリアの頭上でコリスが一声鳴き、エクリアを中心として魔方陣が浮かび上がった。

「なに、これ?」

 エクリアは不安げな声を上げるが、この魔方陣から優しげな感覚を受けた直斗は特に声を上げることもしなかった。

 二人の衣服が乾いていく。

「コリスちゃんの魔法……?」

 コリスはリリスが送り込んだ直斗のサポート役である。生物学的に完全に猫そのものであるかどうかは分からないが、このくらい出来ても何もおかしくはあるまい。もっとも、リリスの存在を知らないエクリアが慌てたとしてもおかしくはなかった。


「これからどうする? モンスターハンティング、続ける?」

「私はもう、王都に戻りたい、かな。武器もダメになったし」

 直斗は本音を言えばもう少しモンスターハンティングを続けたかったのだが、そう言われてしまえば反論のしようがない。

 彼女の主要武器である連接剣を斬り裂いたのは他でもない彼なのだ。

 直斗は頭の中でどうしたら許してもらえるだろうか、弁償するにはいくら払えばいいだろうか、そういう事ばかりを考えていた。

「それよりもサンドワームのドロップアイテムはないのかな?」

 エクリアに言われてようやく気付いた。あれほどの大物(直斗にとってはただ単に大きいから大物という感覚でしかないが)を倒したのだ、何かしらのドロップアイテムがあるだろう。例えば、レア物とか。

 この世界でのレア物を知らないくせにレア物来いと願う直斗。

 周辺を探しまわると、少し離れた場所に魔石らしき物がぽつんと落ちていた。綺麗な宝石を思わせるそれは飴色をしており、直径30センチ近くはあっただろうか?

 それを見つめ「綺麗……」と呟くエクリア。

 そのエクリアを見て「君の方が綺麗だよ」と言おうとして言葉を飲み込む直斗。彼はそのような歯の浮くようなセリフを意識して言える男ではなかった。その言葉を言ったところを想像して己の恥ずかしさに身悶えていた。

「何してるの?」

 恥ずかしさに身悶えていた直斗に不審者でも見るかのような視線を投げかけるエクリア。その視線を受け直斗はMの世界に旅立とうとしていた。

「まあいいや、はい、これ」

 そう言って直斗に飴色の魔石を手渡すエクリア。

「サンドワームのドロップしたのはそれ以外なさそうだね。砂漠の奥深くに行くと強力なモンスターが出てくる場合もあるし、サンドワームが出てきたことで地中が変形してるかもしれない。今回は王都に帰って冒険者ギルドにこのことを報告しよう。何か手立てを講じてくれるかもしれないし」

 地形が変形しているなんて事を聞き、心なしか慌てる直斗。エクリアの意見にもう反論をしようとは思わなかった。

 

 王都へと辿り着いた二人と一匹。

 コリスはもはや自らの定位置と定めたかの如く、エクリアの両腕におさまっている。

 なんて良いポジションにおさまっているのだと胸の中で血涙を流す直斗。そのポジションを交代してほしいと切に願ったが、もちろんそんな奇跡は起こらなかった。

「お前にこの場所は渡さん。我の物よ。ああ、お日様ポカポカ、優しい腕に包まれる、何という至福。後ろには柔らかい胸。たまらん。ヘブンだ」

 直斗の想像の中ではコリスはまるで変態親父のような思考で彼に語りかけてくる。

 念のために断っておくが、コリスはメスであるし、もちろん、彼女はそんなアホな考えはしていない。すべては直斗の妄想である。

 

 石畳を歩きながら冒険者ギルドへと向かう。

 初めてエクリアと冒険者ギルドへと向かった時とは違い、直斗は少し楽しみながら歩いていた。隣に美少女がいるだけで世界が違って見えた直斗。至極単純な男である。

 特に会話をすることもなかったが、この距離感は嫌いではなかった。出来ればもう少し近い距離になれば、とも願う。

 だが、隣を歩くエクリアとの距離が近付くこともなく、冒険者ギルドへ辿り着いた。少し残念に思ったが、特に顔に出すことはなく、ドアを開けて中へ入った。

「いや、だからよ、俺本当に見ちまったんだよ。砂漠でサンドワームが出たんだって。今すぐ何人か集めて狩るべきだって!!」

 一人の冒険者が泡を飛ばしてわめいていた。

 サンドワームという単語が聞こえて二人は顔を見合わせた。

「バカ野郎、今この場にはBランク冒険者すらいねえんだ。本当にサンドワームが出たとして、誰が対処できるってんだ? 出来るのはせめて砂漠に近付く命知らずを止めるくれえなんだよ!!」

 狩りに行こうと主張する冒険者に対し、砂漠に近付く命知らずを出さないために情報を行き渡らせようと主張する別の冒険者。

 高ランクの冒険者がいれば前者の意見に賛同したであろうが、今現在王都にはほとんど高ランクの冒険者はおらず、いたとしても今この場にはいなかった。

 その騒ぎに大半の冒険者が加わっていた為、受付にスムーズに並ぶことが出来た。

「エクリアちゃんにナオトさん、お二人は砂漠に向かったはずでは……」

 受付のお姉さんが驚き、声を上げた。

「はい、貴女に会う為に帰ってまいりました」

「あら、お上手ね。でも本当はサンドワームが出てきたから、慌てて逃げてきた、ってところかしら?」

 必死こいて考え、何とかスムーズに声に出した直斗であったが、軽く流されてしまった。そして直斗は気付かなかった。受付のお姉さんにナンパ発言をしたときに周囲の男たちの目が光ったのを。それは獲物を見定めた眼であった。

「そういう事にしておきますよ」

 平静を装い返答する直斗。心の中では彼は号泣していた。元々の世界でも会社の先輩と一緒にナンパをして、その悉くを失敗させてきた直斗である。またも連敗記録が伸びたことに対する号泣であった。

「ふふ、後ろの猫ちゃんも怖い目をしているわよ」

 お姉さんにそう言われて後ろを振り返る直斗。

 そこには睨みつけるような目をしたエクリアがいた。なんとなくだが、彼女の腕に抱かれているコリスも恐ろしい目つきをしているようにその時の直斗には感じられた。

「エ、エクリア……?」

「さっさと用件を済ますよ、ナオト」

 その氷のような声を聞き、ドMの世界へと旅立つ前に死の世界へと旅立つことを錯覚した直斗であった。

「あ、あの、さ、さ、さんど、サンドワームのけ、け、件なんですが……」

「どもり過ぎよ」

 お姉さんに笑われた。

 直斗にとって敵にまわしたくない存在に今前後を挟まれている。逃げるか……? しかし、レベル差があり、後ろのエクリアからは逃れられそうにない。お姉さん相手にこれ以上ふざけてもあの不動明王が出てくれば太刀打ちできそうにない。

「と、とりあえず一匹倒したんで、さ、砂漠の地中の地形とか変わっていたりするかもしれないんで。ぼ、冒険者の皆様に注意を促していただけないか、と」

 最後までビクビクオドオドであったが、何とか説明できた。

「貴方が倒したの、本当に?」

 お姉さんの目が細められた。直斗にはその視線による攻撃を耐えきる自信がなかった。

 彼女からしてみれば、直斗がサンドワームを倒したからと言って、信じるわけにはいかなかった。彼は昨日冒険者登録を済ませただけの新米であったし、今朝ここを出る時はまだレベル1のままだったのだ。

 それは周りの冒険者も同じであった。

「ハハハ、坊主、面白い冗談だな」

「シンシアさんの気を引きたくて法螺吹いたかよ!!」

「このナンパ野郎が!!」

 言いたい放題であった。それはそうだ、まだ新米だ。今朝Fランク用の依頼書を眺めていた男である。サンドワームなんて大物モンスターを倒せるはずがない。

 誰もがそう思ってもおかしくはないだろう。

 その罵詈雑言に直斗は耳を貸さなかった。否、貸す余裕はなかった。

 どうすればエクリアの機嫌は直るだろうか? せっかく仲良くなれたのに。砂漠から戻ってくる間はいい距離感になれたと思ったのに。

 彼はエクリアの機嫌をどうすればとれるか必死に考えていたが、何故機嫌を損ねたかは考えていなかった。女心をまったく理解できない男であった。もっとも、同性の人間の考えることなら分かるかというと、分かるとは言い切れない男でもある。

 コートの内側に異空間を発生させて、そこから魔石などを取り出す直斗。

「いくらくらいになりますかね」

 彼が取り出したのはゴブを倒して得た魔石や素材である。

 それらを見てシンシア(先ほど冒険者の男たちがそう呼んでいたが、直斗はお姉さんの名前に気付いていない)は眉を顰めた。

「全部で300G」

「ホンマですか?」

 あまりの低さにインチキ関西弁を放った直斗。これでは今日の宿代にすらなりはしない。

「ゴブのドロップアイテムじゃないの、これ。これはありふれているからねえ。全部合わせても300Gは色を付けてあげたほうよ」

「じゃあ、これ」

 そう言って飴色の魔石を取り出す直斗。

 それを見て表情が驚愕に彩られるシンシア。

「これ、いったい何処で手に入れたの、ナオトさん?」

「……砂漠ですけど?」

「まるでおかしなことを聞くね、みたいな表情をしてるけど、これはサンドワームのドロップ品よ? サンドワームは他の素材は落とさないけど、ね。これは、エクリアちゃんがサンドワームを倒した、と考えていいのかな?」

「いいえ、ナオトが一人で倒しました」

「……そう」

 シンシアは信じていなかったが、ここにその証拠がある限りなんとも言いようがない。

「十万G」

「え?」

「これの買い取り値よ、どうする?」

 十万G。借金を返してなお、五万G残る。

 どうしようか。熟考を重ねたが、ここは売らないことにした。

「エクリア」

「何?」

 機嫌はまだ直っていないようだ。

「これはエクリアにあげるよ。使い道は君が決めればいい」

「私が?」

「エクリアの武器を壊したのも俺だからね。弁償も含めて、だけど」

 直斗が差し出す飴色の魔石を見つめて考えるエクリア。

 やがてそれを両手で受け取り胸に抱く。

「ナオトから初めてのプレゼント、大事にするね」

 エクリアから放り出された形になり、直斗の肩まで駆け上がってきたコリスは、己の主の顔を見て驚いた表情を見せた。否、コリスだけではない。周りの皆が驚いた表情をしていた。

 エクリアの笑顔に完全にハートを撃ち抜かれ、目が点になり立ち尽くす直斗。周りの冒険者が小突いても何一つ反応を返さない。エクリアは自分の放ったセリフが恥ずかしかったのか、直斗の反応を見ず冒険者ギルドを出て行った。

 そんな直斗を見てシンシアは呟いた。

「ダメだこりゃ」

「にゃあう」

 コリスがそれに同意するように鳴いた。


シンシア・グレイズ

性別:女

レベル:72 NEXT ???/???

体力:6200/6200 精神力:570/570

攻撃力:670

防御力:420

魔力:480

魔法抵抗力:370

反応値:450

命中率:99

回避率:70

運:良好

使い魔:なし

装備品:不動明王

称号:女王様

所持金:5800000G

ギルドランク:A


シンシアのステータスは直斗の想像です。

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