第5話
砂漠を懸命に走る双影があった。
「もっと速く走って、ナオト!!」
「無茶言うな、全速力だ」
彼らの後ろには巨大なサンドワーム。
レベル差もあり、エクリアと直斗の差は開く一方であった。コリスは身の危険を感じていたのか、エクリアの頭上でじっとしている。
このサンドワーム、砂漠から外には出ない。もう少しで砂漠から平原に移行する。
希望が見えた。エクリアは直斗を励ますために後ろを振り返った。
希望の光を見て後ろを振り返った時に見た光景が恋人との最後の別れとなるはギリシャ神話であっただろうか?
振り返ったエクリアの目に飛び込んできたのは、サンドワームにのまれ地中へと消えて行った直斗であった。
「ナオトーーーーーーッッ!!」
少女の叫びは虚空へと吸い込まれていった。
砂漠へと足を踏み入れた直斗とエクリアの2人。
コリスは王都を出る前からエクリアの腕の中である。コリスを抱いてみたいと言ったので手渡した直斗。少し嫌がりはしないかと思ったが、コリスは嬉しそうにエクリアの胸に顔をうずめた。
「可愛い」
そう言ってコリスの頭を撫でるエクリア。
その時、コリスと視線が合った。
「どや、羨ましいやろ、素晴らしい感触や。お前にはこれは渡さへんで、我の物よ」
コリスがニタリと邪悪な笑みを浮かべた、気がした。
もちろん、コリスがそんなことを思ったかどうかは定かではないが直斗にはその視線と笑みがそう語っているように見えた。被害妄想か何かだろうか?
「この子、オス、メス?」
「メス」
「可愛いなあ、コリスちゃん、私にくれない?」
「ダメ」
コリスをエクリアにプレゼントするのもいいかもしれないが、プレゼントしてしまうと正真正銘独りになってしまう。それだけは避けたい直斗である。
宿屋でひとり言を呟いても、猫相手に喋っていたと誤魔化せなくなってしまう。
王都を出る前に装備品を整えなくていいのかと聞かれた直斗であったが、
「大丈夫だ、問題ない」
この一言で切り抜けた。
「どう見ても問題だらけにしか見えないよ?」
至極真っ当な返答をするエクリア。近くの通行人がエクリアの返答を聞いて頷いていた。誰が見ても問題大有りにしか見えない。
しかし、直斗は恥ずかしさを誤魔化すためか、大声で
「問題ない、大丈夫なの」
と繰り返した。
エクリアはこいつ大丈夫かなという目で直斗を見たが、見捨てるのもかわいそうだったので、付き合ってやることにした。
王都近辺の砂漠にはそこまで強力な魔物はいない。一体考えられるが、余程のことをしない限り地上までは顔を出さない魔物だ。今回は自分が少し頑張ればいいか、そして全然ダメなら見捨てようと彼女の頭の中では整理された。そしてコリスを貰い受けよう。
王都で念の為エクリアは回復薬などをいつもより多めに買った。
直斗はまったく買わなかった。所持金が減るのを恐れたためである。必要になったらエクリアに貰おうなどと考えている。
何より先に借金返済を考えるあたり器の小さい男であった。
「なんで王都のすぐ近くに砂漠があるの?」
「そういえばナオトはこことは異なる世界から来たんだったね。軽く説明しようか?」
「お願いします、エクリア先生」
「せ、先生?」
相手が年下であろうと頭を下げるべき相手にはいくらでも頭を下げられる。サラリーマン時代に嫌いな相手に頭を何度も下げてきた彼にとって、頭を下げることに抵抗はない。
「先生、か。悪くない響きだなあ」
直斗は直斗でエクリアの女教師姿を想像してみる。
びしっとスーツとタイトスカートに身を包んだ彼女。何故か眼鏡をかけている。そして、彼女の左肩には何故かコリスが座っている。
……思った以上に似合っているな。直斗の頭の中では授業風景まで再生されている。きっと彼女が直斗の高校時代の担任であったら直斗はもっと真面目に授業を受けていたであろう。コリスが何故直斗の想像にまで入って来たかは考えないでおいた。
直斗は残念なことに劣等生に近い人間であった。成績は国語と社会(歴史)以外は残念な成績であった。彼の高校時代の強化担当者はおじさんばかりだったし、担任はやる気のないサラリーマン教師であった。彼は学園もの漫画やドラマにあるような生徒と教師の熱い交流みたいなものを期待して学生生活を送ったのだが、そんな漫画やドラマのような出来事は彼の身には起こらなかった。
「まあ、先生は置いておいて」
直斗の青春プレイバックはエクリアのその一言で終わった。虚しい思い出を再生し続けても意味がないだろう。
「この世界の歴史って、知ってる?」
直斗は素直に首を横に振った。
「かつてこの“ファーガイア”では大戦争が起きたらしいの。それで、結構いたるところでこのような緑の育たない砂漠が広がっているの」
「戦争の爪痕、か」
「こういうところに人間はあまり定着していないわね。モンスターや怪獣とかが棲みついているからね」
「怪獣?」
「私も直接見たことはないんだけど、極稀に出没するらしいの。どう考えてもこの世界の生態系から外れた存在らしいんだ。モンスターや遙か遠く“狂気山脈”の先に存在するって言われる“カダス”に棲んでいると言われる魔族とも異なる姿をしているらしいわ」
どんどん知らない単語が出てきたが、直斗はそれを知るのは後回しにしようと決めた。
「ゴブ、だね。数は多いけどレベルの低いモンスターだから冒険者ギルドに登録したての冒険者が初めに討伐依頼を受けたりするモンスターだよ」
砂漠をある程度歩いていたようで、十を超えるゴブが彼らの目の前に現れていた。
小柄で直斗の胸のあたりまでしかない身長。モンスターという割に衣服を身に着け、帽子をかぶっている。そして、髭面であった。これだけ見ればファンタジー物によく出で来るドワーフに見えなくもないが、確かにどう見てもモンスターだ。右手には斧。そして全員が何故かバッグを背負っている。
「何故、バッグを背負っているんだ?」
「気にするところはそこじゃないでしょ、戦闘準備!!」
エクリアに怒られた直斗はコートの内ポケットから携帯電話を取り出した。
イメージするは最強の武器。ギルドに登録したとき、使用武器は剣と書いてしまったため、彼は某ゲームに登場する剣を想像した。
とある騎士王が使ったとされる聖剣・エクスカリバー。
555と打ち込み、通話ボタンを押す。
「complete」の電子音声が流れた。
さあ、現れよ、見えない刀身。
しかし、いつまで経っても彼の手には刀の柄が握られた感触はない。
拳を開閉しても何かを握っている感覚はない。もしかしたら近くに刺さっているのかもしれない。そう思い近くを手探りで探すが何も刺さっている様子はなかった。
「何が起こった?」
その瞬間、直斗はゴブの斧によって吹き飛ばされた。
「ナオト?」
「にゃッ?」
エクリアの頭上で少し驚いた声を上げるコリス。
あれでは流石に重傷だろう。エクリアは連接剣を引き出し、構える。数が多いのが怖いが、直斗を救出してここから抜け出すのは難しくはないだろう。
そう思ったのだが、吹き飛ばされた先でゆっくりと直斗は立ち上がった。
「痛くはないが、何故だ? 何故エクスカリバーが出ない?」
直斗はエクスカリバーを諦め、他の武器を出そうと通話終了ボタンを押す。
「error」
虚しき電子音声が響く。
「何故だあ! 罠か、孔明の罠か!!」
その叫びに触発されたのか、ゴブが数体斧で直斗に襲いかかった。
「ナオト、逃げて!!」
連接剣を振るいながら近寄ってくるエクリアだが、届きそうにない。
直斗は防御力だけはおかしくなっていないことだけを信じて無我夢中で右手を振るった。
偶然にも手刀の形で振るわれた右手は、ゴブの斧を斬り裂き、彼を助けようとして振るわれていたエクリアの連接剣をも斬り裂き、ゴブを数体斬り裂いた。
その場にはゴブの斧や帽子、バッグや魔石がとり残されていた。
鋭い切れ味を示した己の右手刀を見て蒼褪める直斗。
「おいおい、エクスカリバーって、俺が想像したのはこれじゃないぞ?」
ゴブは仲間を呼んだのか、まだ十体以上その場にいた。
レベルの差を理解していたのか、エクリアには近寄らない。直斗に向かってくる。
武器変更の時間はなさそうだ。これでいくしかない。
直斗は我武者羅に右手刀を振るい続けた。
斬り裂かれ、素材を落としていくゴブもいたが、中には直斗の攻撃をかわして突撃をしてくるゴブもいる。その攻撃を左腕で受け止め、動きが止まったところを右手刀で斬り裂く。
見た目が人間に近いモンスターを攻撃していることに嫌悪感を示してもいいのかもしれないが、死体を残すことなく素材や魔石に変わるため、直斗は嫌悪感を感じることはなかった。
エクリアは目を疑った。これがレベル1の戦い方だろうか? いや、その前になんだろうか、この攻撃力は?
ゴブをいとも簡単に斬り裂く。それどころか、砂漠にもその爪痕を残す。
砂漠すら斬り裂いているように見える。
ゴブの数も残り三体になった。
その時、ゴブが互いを見つめあい、バラバラに逃げ始めた。
「ふむ、どうやら俺に恐れをなして逃げ出したらしい」
「なんか違う気がするけどね」
直斗は自分に都合のいいように解釈し、魔石やら斧やらを異空間へと収納していった。
異空間へと収納をする直斗に目を丸くするエクリア。
「なんで何もないところに素材とかを入れているの?」
こういうものはないのだろうか?
「色々物を入れられるアイテムバックはあるけど、何もないところに物をアイテムとかを入れる冒険者は初めて見たかな?」
「むむ、そうだったのか。この世界の常識を学ばないといけないかもしれないな」
直斗はそれをエクリアに頼もうかと思った。
「別にいいけど、それより前に連接剣の弁償をしてもらいたいな」
「許してください」
直斗は極自然に土下座を決めた。
「だが断る」
「え?」
流石に冗談かと思い顔を上げた直斗。その視線の先ではエクリアが微笑んでいた。
よかった、冗談だったのか。
立ち上がろうとした直斗の耳に地響きが鳴り響いた。
砂をまき散らし、その姿を現す。
「サンドワーム、何で、余程の事がなければ地上には出てこないって話……」
エクリアがサンドワームの巨体を見上げ顔を蒼褪めさせる。
「でかいな」
直斗は慌てていないふりをしたが、誰がどう見てもへっぴり腰になっている。
「逃げるよ、ナオト。あいつは私たち二人では相手にならない」
「同感」
二人はサンドワームに背を向けて走り出した。
後ろを警戒する余裕はない。
「砂漠を抜ければあいつは襲ってこないから」
「了解だ」
サンドワームは何故か砂漠を越えては移動しないと言われている。ならば、砂漠を抜けられるかどうかが二人が生き残れるかどうかの生死の分かれ目と言えよう。
そして物語は冒頭へと戻る。
直斗をのみこんだサンドワームは地中深く潜った後、もう一つの獲物をのみこまんとし、再度地上へと姿を現した。
「あ、あ……」
目の前でひと時とは言えコンビを組んだ青年をのみこんだ敵に対して、エクリアは抵抗する術を持たなかった。
連接剣は直斗によって斬り裂かれているし、己の持つ魔法ではこれほどの大物相手には効かないだろう。
それにしても何故このサンドワームは地上に出てきたのだろうか?
サンドワームの体にいくつか斬り裂かれた跡が見えた。あれはもしかしたら直斗の手刀によって出来た傷かもしれない。それほど鋭利な傷であった。
「なんだ、ナオトのせいなんじゃない……」
「にゃ」
同意を示すようにエクリアの頭上でコリスが鳴いた。
それでも、彼はサンドワームにのまれた。生存は絶望的だろう。
腰の抜けたエクリアはもう少しで平原だというのに、逃げるという選択肢を選び取ることが出来なかった。
「助けて、父さん、母さん、ナオト……」
最後に直斗の名を呟いたのは何故だっただろうか?
サンドワームの巨大な口が近付いてきた。エクリアの頭上ではコリスがサンドワームを威嚇しているが、何の役に立ちそうもない。
「助けるさ、俺が」
そんな声が聞こえた気がした。
サンドワームの気配が消えた気がして、閉じていた目を開けた先に、サンドワームの体液で少しべとついていた直斗が立っていた。
その先には縦一文字に斬り裂かれ、消滅していくサンドワーム。
「助かったの、私?」
「助けたの、俺が」
微笑む直斗の顔が今のエクリアには眩しく見えた。
エクリアが腰を抜かしているのを確認したのか、直斗は手を貸してエクリアを立ち上がらせた。
その勢いのまま直斗に抱きついた。
「怖かったんだから……っ」
「ごめん」
優しく髪を撫でてくれる直斗の手が暖かく感じられた。
何でこんなに情熱的に抱きつかれているのだろう? でも、柔らかいな。
エクリアのピンチを救ったため、エクリアから必要以上に感謝されているという現状に不思議な感覚を味わっていた直斗。
端からみれば、ヒロインのピンチを救ったためヒロインから好意を示されているヒーローの図なのだが、なにぶんそんな経験がないため、自分にその構図が当てはまっていることに気付かない直斗であった。
ナオト・カミシロ
性別:男
レベル:8 NEXT 70/800
体力:520/520 精神力:110/110
攻撃力:52
防御力:37
魔力:45
魔法抵抗力:32
反応値:40
命中率:32
回避率:20
運:良好
使い魔:コリス(黒猫)
装備品:黒いコート(べとべと) 黒いズボン(べとべと) 怪しい携帯電話
称号:なし
所持金:48700G(借金)
ギルドランク:F(最低ランク)