第55話
「ハハハ、そんな事があったのか、バカだな、ナオトは!!」
「クカカカ、そうよ、直斗はバカなのよ。奴がお笑い脳になっている時、流石のワガハイですら止められぬよ!!」
「やめろよ、やめてくれよ……」
地獄であった。ティンダロス邸に帰り、バーソロミューやマリアたちを含めた皆で夕食を食べている。話題は自然と昼間の事になった。
「いいや、やめんよ。こいつのバカ話はたまらんな」
「やはり、ワガハイの眼に狂いはなかったよ。ファーガイアの笑いの頂点に立つにはこやつの力が必要よ。まだ、お笑い文化が成熟していないファーガイアであれば、ワガハイらにもチャンスが残されている。イケるぞ!!」
「俺を巻き込むな……、あの時の俺は俺じゃないんだ……」
誰も、直斗に救いの手は差しのべない。ここで救いの手を差しのべようとすれば、蜥蜴丸からからかわれるに決まっているからだ。
「私も見たかったですね……。早起きしていれば、見る事が出来たのに、残念です」
「いいや、見れるぞ。猫娘に異世界通信で撮影を担当してもらったのよ。クカカカ、ワガハイ、直斗を地獄に堕とすためには労力を惜しまないのよ」
そして、ティンダロス邸で昼間の直斗と蜥蜴丸のかけあい漫才が上映された。
シルヴィアとゲーサンは大爆笑していた。そして直斗は庭に出て夜空を見上げて涙を流した。エクリアが直斗の肩を叩いて慰めていたが、今の直斗には優しさは辛いだけであった。
「だいたいだ、ナオトよ、お前にエクリアはやらんぞ」
「つまりワガハイにくれるという事ですね、よく分かります」
「お前にはもっとやらんぞ、蜥蜴丸」
夕食を終え、バーソロミューと蜥蜴丸、そして直斗の三人(?)で酒を飲んでいた。女性陣には聞かれたくない話だ、という事でたまにマリアが酒のつまみを持ってくるだけで、野郎だけでのむさくるしい酒飲みである。ちなみにゲーサンはいない。いても話が通じないので、当然ではある。
「何故、エクリアを俺にくれないというのだ?」
直斗もいい感じで酔っている為、結構大胆な事を言っている。相手が目の前に居なければ、いい感じで大胆になれるのだ。
「厨二病とやらにまっしぐらなお前に大事な娘をやれるものかよ。お前には、そうだな、ユーフェミアをやろう。あいつでどうよ?」
娘に近付かなければいいか、などと考え娘以外に直斗が行くようにけしかけるバーソロミュー。
「ユーフェはいい娘だよ。それは分かってる。でも、俺にはやっぱりエクリアなんだよねえ。うん、エクリアじゃなければダメなんだ」
酔いが助けているのか、かなり大胆な話をする直斗。
「いやいや、渡さんぞ。ユーフェで我慢しとけって!! な、悪いことは言わん。ユーフェにしとけよ」
娘に直斗をこれ以上近付けたくはないが為にかつてのパーティーメンバーを売り渡そうとするバーソロミュー。
「バカだな、エクリアはワガハイのモノよ。直斗、貴様はそうだな、うん、ディアナで我慢しとけ」
エクリアを手に入れようとする蜥蜴丸。蜥蜴丸がこのファーガイアに来てから一番執心しているのが直斗とエクリアである。直斗は笑いの愛方として、そして、エクリアは何だろうか? 蜥蜴丸の思考においても、何故エクリアが大事な存在となっているのか、わかってはいなかった。彼の科学的思考をもってしても、解き明かせないものは沢山あるのである。
「む~。エクリアが大人気なのはいいけど、私は何でエクリアの次点扱いなんだろ? おかしいよね、エクリア?」
「私に聞かないでよ……」
実は話は隣の部屋にいたエクリア達に筒抜けであった。
「ポエマー、だと……」
ディアナの拳からは血が流れていた。己をポエマー扱いした蜥蜴丸のセリフを聞いた途端、彼女に握られていたコップは軽く握りつぶされていたのである。
「あの蜥蜴、いつか必ず殺してやろう」
一大決心をするディアナ。だが、どの蜥蜴丸を殺せばいいのか? 蜥蜴丸を殺したとしても、翌日には「よくもワガハイのクローンを手にかけてくれたな」トカ言いながら現れそうだ。
「でも、ユーフェミアさんもディアナさんもいいではないですか。私なんて話題にすらのぼりませんよ……」
シルヴィアの呟きに彼女たちの間にも重苦しい空気が流れた。
「じゃあ、シルヴィアで手をうっちまえよ。な、剣の扱いは上手いし、いい性格をしている。きっと、ナオトをたててくれるだろうよ!!」
直斗がエクリアに固執しているため、どうにかエクリア以外の女の子に直斗の関心を向けようとするバーソロミュー。いい性格、とはいったいどういう意味なのだろうか?
「そうだな、銀髪などいいではないか。近頃方向性に迷っているようだが、顔は悪くない。貴様もよく方向性に迷うようだからな、一緒に迷ってみるのもいいのではないか?」
蜥蜴丸も一緒になってシルヴィアをすすめだした。エクリアを己のモノとしたいのか、ただ単に直斗を不幸のどん底に突き落としたいのか、それともその両方か? 蜥蜴丸の顔もかなり赤くなっていた。
「一緒に迷ってどうするんだよ!! 俺はどちらかと言えば、引っ張っていって欲しいの!! シルヴィアだったら引っ張っていくとしても、絶対に間違った方向に引っ張っていくだろ!! それじゃダメなんだよ!!」
いつの間にか己の好きな女性像を叫びだす直斗。酒の力とは本当に恐ろしいものだ。もちろん、直斗たちはこの会話が隣のエクリア達に筒抜けだとは気付いていない。
「間違った方向性に引っ張っていく、ですか……」
「シルヴィアは迷いっぱなしだもんねえ」
己が迷いっぱなしであることを全員に見抜かれているシルヴィアであった。そして、ここぞとばかりにシルヴィアをイジるユーフェミア。どうやら、かなり鬱憤が溜まっていたようだ。
「引っ張っていく、か。料理が好きな女の子もいいって言ってたもんね。うん、頑張ろう」
「ふん、負けんぞ」
以前聞いていた直斗の好きな女性のタイプの記憶も引っ張りだし、少なくとも料理に関してはユーフェミアにもディアナにも負けていないな、そう考えるエクリア。そして、エクリアに対して対抗意識を燃やすディアナ。
「青春ねえ」
若者たちを見つめるマリアはずいぶん楽しそうであった。彼女の膝の上では、コリスとクーちゃんが丸くなって一緒に寝ていた。
真夜中、日付が変わってから暫く経ち、直斗は与えられた部屋から抜け出し、アークティカ王都をぐるりと囲む城壁の前にやって来た。
城壁に登り、月を見上げる。
ああ、綺麗だ。この世界で見上げる月も、東京で見上げた月と変わるもんじゃない。いや、東京みたいに科学が進歩していない分、こっちの世界で見上げる月の方が綺麗なのかもしれないな。
そんな事を思いながら、懐から酒とジュースとつまみをとりだす直斗。
「一緒に飲もう、エクリア」
「やっぱり、気付いていたんだね、ついてきたこと」
直斗が声をかけた方向から、エクリアが近付いてきた。彼女の腕の中には、コリスがいる。
「それは、分かるよ」
なんてったって、エクリアの気配だからね、とは口にしない直斗。素面ではなかなか言いだせるものではない。
「じゃあ、一緒に歩こうくらい、言って欲しかったな」
エクリアが不満そうに少し頬を膨らませる。それを見て、可愛いなとは思いながらも、口には出さない直斗。
「夜の街を女の子一人で歩かせるなんて、どうかしてるよ?」
「大丈夫、護衛はついていたから。そうだろう、出てこいよ、蜥蜴丸にゲーサン」
「げげ、げっげ、げげげ。げげっげ、げげげ、げっげげげげげ、げげ」
「流石直斗。自分たちがエクリアの護衛についていたのは確認済みとは、恐れ入ります、そう申しております、ゲーサンは」
「その訳は、本当に合っているのか?」
蜥蜴丸は答えない。訳が合っているかどうかは、誰にも分からない。
城壁の上で半円形の広いスペースで酒やジュースを飲みだす直斗たち。
「月や星が、綺麗だなあ。やっぱり、元いた世界とは違うよ」
「月見酒や、星見酒とは、洒落ているな。私も誘ってもらいたかったものだ」
羽を広げ、直斗の傍に降り立つディアナ。どうやら、近くまで来たが城壁を登るのがめんどくさくなったらしい。
「ちょっと、ディアナ。飛ぶのなら、私も一緒に抱えて行ってよ」
ディアナに不満をこぼしながらも、クーちゃんを抱えながら城壁を登ってきたユーフェミア。
「なんだ、ディアナやユーフェまで来たのか。まあいい、飲み物もつまみもある。みんなで楽しもう」
城壁の上で、パーティーメンバーでの酒飲みが始まった。
この世界は、少なくともこの国は、国対国の人間同士での戦いはほとんどない。現在のところは。だからこそ、全員が安心して城壁の上で酒飲みが楽しめるのであった。
楽しい時は、あっさりと過ぎ行く。
夜明けだ。日の出とともに、直斗たちを陽光が優しく包み込む。
直斗は立ち上がり、王都を見下ろした。
「結構、この世界に来てから時間が過ぎたなあ」
本心からの言葉であった。いくつかの思い出が、直斗の心に蘇る。結構思い出したくないことがいっぱいだ。
「ナオトは今、この世界をどう思っている?」
直斗の傍に立ったエクリアが問いかけてきた。彼女だけは酒を飲んでいない。完全に素面なのは彼女だけだろう。残りのメンバーも立ち上がり、直斗と並んで王都を見下ろした。
「やっぱり、この世界に来てよかったよ。みんなと出会えて、さ」
ああ、この世界に来てよかった。何より、エクリアと出会えたから。酔いが残っている状態でも、そのセリフを口にするのは恥ずかしかった。
「この世界に来てから、エクリアと出会ってから、みんなと出会ってから、俺は等身大の自分になれたんだ」
エクリアは、皆は黙って直斗の話を聞いている。
「期待と不安と、色んなモノがこの世界にはきっと降り注ぐけど、俺はこの世界で生きていくよ」
エクリア達は黙って聞いている。蜥蜴丸は、直斗までポエマーになったか、と思ったが口には出さない。先ほどからのやりとりを録音している。後でからかってやろう。直斗は、蜥蜴丸の黒い欲望には気付かない。
「こうして、俺がこの世界に来たのも、みんなと出会えたのも、きっと遠い日に約束された奇跡だったんだろう」
そう、エクリアに出会えたのも、きっと、奇跡だったに違いない。そう信じたい。
直斗の左手に、エクリアの右手が絡んだ。直斗は少し驚いたが、すぐに理解した。エクリアの右手を握り、一度目を閉じた。
目を開け、太陽を見上げる。
ああ、俺はこの世界で生きていこう。大切な人たちと一緒に。
「おかしい、何故みんないないのでしょうか?」
朝目を覚ましたシルヴィアを待っていたのは、孤独であった。
「あら、おはよう、シルヴィア。みんな夜の散歩から帰ってきていないけど、貴女は行かなかったの?」
マリアが朝の挨拶をすると同時に質問をしてきた。夜の散歩?
「エクリアには幸せになって欲しいが、ナオトはなあ……、なんか、許せないなあ」
バーソロミューはまだ、直斗を完全に認めてはいなかった。全員いるのでヘタレの直斗がエクリアに手は出さないだろうと思って、夜の散歩を黙認しただけであった。彼の拳は握りつぶしたコップのせいで血まみれであった。
「ナオトはいい子じゃない。なんで認めてあげないの?」
「いい奴だってのは、わかってんだよ、それでも、許せないものがあるんだよ……」
マリアがバーソロミューを慰めている間、シルヴィアは己の孤独を噛みしめていた。




