第52話
騒動を引き起こした連中が去った広大な空間に、一つの影が現れた。
黒衣・黒髪の女性、現在の魔王である。
「これが、封印の棺、ね。まさか、アンゴルモアをも封印していたとは思わなかったけど。まあ、これを破壊することは流石の私も出来ない、か」
封印の棺は、近づくだけで魔力を吸い込む性質を持つ。だからこそ、近づいた魔物をも封印するのである。それにかの恐怖の魔王アンゴルモアさえ吸い込まれたのである。今はまだ封印の棺が開いた状態である。これ以上近付いたら、現在の魔王といえど封印されてしまうだろう。
「しかし、アンゴルモアを封印したのは、いったい誰なのかしら?」
年若い魔王に、遙か昔の事を知る由はなかった。
おそらく、この封印の棺は何モノかを再度封印しない限り、もう一度閉じる事はないだろう。ならば、このまま放っておくしかないだろう。現在の魔王が封印されるなど、笑い話にもならない。
身を翻らせ、空間から出ようとした時、近づいてくる気配を感じて、魔力を最大限に抑えて、空間を歪曲させ、身を隠した。
「やれやれ、ワガハイとしたことが、すっかり忘れていたよ。この棺、禍々しいものを感じるんだよねえ。破壊しちゃおっか」
直斗たちの後を追いかけ、空間から出て行ったはずの蜥蜴丸が再び現れた。
「だいたい、アレだよ? 恐怖の魔王なんて言う時代遅れの産物がワガハイに敵うわけなかろう? あんな奴倒すの朝飯前よ? ところで、今何時かね?」
ひとり言を呟きだす蜥蜴丸。
「いい加減、出て来てくれんかねえ? ひとり言を呟いているみたいで、ワガハイイタイ奴扱いされてしまうではないかね?」
特定の空間を見つめている蜥蜴丸であるが、そこから何も出てくる気配はない。だが、蜥蜴丸の見つめるその場所は、魔王が身を隠している場所であった。
「フム、仕方ない。では、ワガハイこのまま突っ走ろうではないかね」
封印の棺に何の躊躇いもなく近づく蜥蜴丸。彼が先ほどまで見ていた場所から少し動揺するような気配を感じたが、何も気にすることなどしない蜥蜴丸。
「クカカカ、まあ、そこで見ているがいい。ワガハイのカッコイイ姿をな」
そう言いながら、棺を触る蜥蜴丸。封印の棺は彼を封印することなどなかった。
「なるほど、やはり魔力に反応するかよ。しかしワガハイ、魔力などあったとしても、極わずか。ある程度の魔力がないと吸い込まれなどしないか。猫娘であったら、封印されるであろうよ。だが、あの猫娘なら、封印されたとしても、内側から破壊して出てくるであろうな。あんな時代遅れの魔王如き、足元にも及ばない強さ故にな」
独白を続ける蜥蜴丸。
「さて、破壊しちゃおっか。魔力を使った攻撃なら、全てを吸収するか、無効化するであろうが、何、ワガハイ科学者よ。科学的な攻撃をするのよ」
そう言いながら、スペース光線銃をとりだす蜥蜴丸。威力設定を「結構ハード」にして、光線をうちこんだ。
「ほう、結構ハードくらいじゃ壊せんかよ。大ハードくらいにする?」
威力設定を「大ハード」にして、もう一度光線をうちこんだ。
「ほほう、大ハードでも壊せぬかよ。まあ、死ぬ程危険な目に遭わなければ、効果は期待できないか。あのシリーズ、何時まで続くのかね? まあ、大ハードで無理ならば、クライマックスよ」
今度は威力設定を「クライマックス」にして、うちこむ。
「これでも壊れぬかよ。と言うより、この威力設定考えたの、誰よ? ……ワガハイであって、ワガハイではない誰か、か。だいたい、クライマックスって、山場って意味じゃね? 最初から最後までクライマックスって、ある意味ダメよ。全てが山場イコール全てが平坦って意味にもなっちまうのよ」
独白を続けるが、はたから見れば単なるひとり言を言い続ける蜥蜴にしか見えないのがイタイところである。
「やおいの意味って知ってる?」
もちろん、返事はない。
「やおいの意味って、『ヤマ無し・オチ無し・意味無し』の三無しなんだぜ。ワガハイ、ネット上の百科事典以外からも情報得るのよ」
意味不明な言葉を続ける蜥蜴丸。ある意味安定していると言ってもいいだろう。
「もう、めんどくさいな。これ以上ふざけても『へんじはない、ただのしかばねのようだ』状態が続くのなら、ひとり言みたいに続けるのも辛いな。さっさと破壊しちゃうよ」
スペース光線銃の威力を「超最大」に設定してうちこむ蜥蜴丸。
あっさりと蒸発し、なくなる封印の棺。封印の棺を貫いた光線は、あっさりと古代遺跡の壁に穴を開け、虚空へと消えていった。
そして、空間に現れた、一振りの剣。禍々しさなど感じない、聖剣の類と言えるであろうその剣を見て、一言。
「お宝って、コレ? 科学者たるワガハイには何の価値もないが、まあ、貰っておこう。換金すればいくらかにはなるかもしれん。食費の方が大事よ」
そう言って、剣士であるならば垂涎の的である聖剣を無造作に異空間に放り込み、さっさと空間を後にするのであった。
「ワガハイ、それよりも置いてきぼりくらう方が怖いんだよねえ」
寂しがり屋の本質を表す一言を呟いて、走り出した。
「あの男、いや、あの蜥蜴、本当に科学者かしら?」
蜥蜴丸が走り去った後、空間の歪みを消し去り、魔王が現れた。広大な空間には壁が開けられていて、月や星が姿を現していた。
「それにしても、凄い威力だったわね」
魔王としては、何とか未だ封印されているモンスターどもを解き放ってみたかった、という思いがあった。彼女自身は世界征服だとか、そんな考えはこれっぽっちも持っていない。ただ、己の力を試してみたかったのだ。
「まさか、封印の棺に封じられた全てのモンスターごと破壊しちゃう、とはねえ」
蜥蜴丸の放ったスペース光線銃の一撃は、僅かながらも感じ取ることが出来ていたモンスターの魔力すら完全消滅させたのであった。
「世界征服、あの蜥蜴を味方につける事が出来たら簡単に出来そうね。もっとも、あの蜥蜴にそんな興味はなさそうだけど」
それを考えれば、ディアナを味方に引き込んだあの男が率いるパーティーこそ、世界征服に一番近い存在だと言えるだろう。もっとも、あの男も世界征服になど、興味を示さないだろう。
魔王は、くだらない考えをすることはやめにした。
「あの蜥蜴、どうして私が隠れていることに気付いたのかしら?」
蜥蜴丸はずっと、ひとり言を装い、魔王に声をかけ続けたのである。何度ツッコミを入れようと考えたことか。直斗であれば容赦なくツッコミを入れていたであろうが、魔王にはまだそこまで(蜥蜴丸の)お笑いを理解していなかった。
蜥蜴丸がスペース光線銃で開けた壁から、夜空を見上げてみる。その光景は美しく、絵描きであるなら、動かないでくれと願うだろう。金を払うから、絵を描かせてくれと願うだろう。だが、その場には誰もいない。
「綺麗ね。カダス以外から見る夜空も。今日は遠出してきた甲斐があったというモノよ」
夜空を見上げた彼女は、微笑んだ。その微笑みを見た者がいたなら、永遠にまぶたに焼き付けたいと願うだろう。
その時、魔王の足に破られた紙が触れた。
「何かしら?」
クシャクシャになったそれを開いてみる。
「……吐き気をもよおすほどの邪悪とは、このような事を言うのかしらね」
魔王が広げた紙に描いてあったのは、シルヴィアが描いたクーちゃんであった。しかし、それを見てモデルは何なのか、理解できる者はいないだろう。
「せっかくいい気分になったのに……」
呟いた彼女は、黒い炎で空間を焼き尽くした。
「カダスに帰ろう。あ~あ。今日はなんだか無性にお酒を飲みたい……!!」
今日はやけ酒をしよう、そう決めた魔王はその場から姿を消した。その原因を作ったのは、この場にはいないシルヴィアであった。
「さて、ワガハイの前には三つの扉があります」
へんてこな棺をぶち壊した後、ワガハイ、直斗たちを追いかけたんだよねえ。そしたら、誰も待っていない。なんと薄情な奴らよ。
そして、また扉があるよ。どっちを進むかねえ?
まあ、ワガハイが突破した扉を進もうかねえ。
ゲームで言う小ボス、もしくは中ボスを倒したんだから、もうモンスターはいないだろうし、いても雑魚よ、雑魚。恐れる必要など、何処にもないのよ。
ワガハイ、意気揚々と扉を開くよ。文章の使い方が間違えている気がしないでもないけど、気にしちゃいけないよ。なんてったって、ワガハイ蜥蜴だからねえ。ニンゲンも間違えるんだから、蜥蜴だって間違えるのよ。
「一騎打チ、ショモウ……」
「一騎打チ、ショモウ……」
「一騎打チ、ショモウ……」
「一騎打チ、ショモウ……」
何体おんねん……。思わずインチキ関西弁を喋ってしもうたわ。骸骨君勢ぞろいやん。勢ぞろいって言っても、全員同じにしか見えんっちゅうねん。
もう、ゴールしても、いいよね?
ワガハイ、メンドクサイ。
蜥蜴丸はスペース光線銃の引き金を無言で引いた。
その威力設定は「超最大」にセットされたままであった。スケルトンナイトの群れをあっさり吹き飛ばし、その先にある扉も吹き飛ばし、最終的には入り口をも、否、古代遺跡“走る丘”ほぼ全てを吹き飛ばした。
直斗たちは、最初に直斗とゲーサンが入った扉の部屋をようやく抜けたところであった。
途中で蜥蜴丸がいない事に気付いた直斗たちは、ゆっくり進んでいた。
それが幸いしたのであろう。
目の前を極大の光線が通り過ぎていく。それはやがて入口まで到達し、古代遺跡入り口まで完全に吹き飛ばした。
唖然とする直斗たち。途中で蜥蜴丸がいない事に気付いて入り口を目指すスピードを落としていなければ、どうなっていたことか。
「なんと恐ろしい。これは、誰の仕業だ?」
何が起こったのか分からない直斗が呆然と呟いた。
「あえて言おうではないか。ワガハイの仕業だ、と。置いてきぼりをくらったワガハイの怒りがこのような結果を導いた、と」
合流した蜥蜴丸が自信満々に呟いた。
「お前、加減を知れよ。俺達まで死ぬところだったじゃないか」
「死んでねえからいいだろうが。置いてきぼりくらわした奴が何言ってんのよ」
直斗と蜥蜴丸が言い争いを始めた。
残りのパーティーメンバーは「またいつもの喧嘩が始まった」ぐらいにしか考えず、とりあえず夜空を見上げた。
綺麗な星空であった。
その日、巨大生物ガ●ラ(直斗と蜥蜴丸が言い張っているだけである)の背中から古代遺跡“走る丘”が消滅した。
古代遺跡“走る丘”への案内役として大活躍した自称“風の民”が職を失った日でもあった。これから、“風の民”は何処へ行くのだろう? それは、どうでもいい話である。故に、語られる日が来ることはないだろう。




