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第51話

 蜥蜴と厨二病の追いかけっこは三十分にも及んだ。

 「ゼーハー、ゼーハー」

 「な、何で頭脳労働担当のワガハイが、三十分も追いかけっこなんてしないといけないのかね? 疲れたわ、流石に」

 「糞、逃げ足だけは速いな」

 「バカめ、貴様が遅いだけよ。しょせん、厨二病よ。単なる運動不足をワガハイのせいにするなよ」

 倒れこんだ二人であったが、お互いの健闘を称えあおうなどと言う精神は持ち合わせていない二人であった。

 「水、水をくれ……」

 直斗はとりあえず手近にあったユーフェミアのコップを手にとり、中の液体を喉に流し込む。そして、むせた。

 「あったかい紅茶じゃないか……!!」

 紅茶が苦手な直斗。疲れ切った体にあったかい紅茶など、いらなかった。健康にいいか悪いかではなく、ただ単に冷たい飲み物を飲みたいだけであった。

 「俺はただ、冷たい飲み物が飲みたかっただけなのに……」

 一方、いきなりコップを奪われ、紅茶を飲み干されたユーフェミアは、怒るではなく、顔を真っ赤にさせていた。

 「か、間接キス……?」

 しかし、ユーフェミアの表情は全然見ていない直斗。力尽き、仰向けに寝転がる。

 その直斗の頭を柔らかい何かが受け止めた。ユーフェミアの太ももである。しかし、あっさりと眠りに落ちた直斗は、何も感じなかった。ラッキースケベを運よく引き起こす直斗であるが、いっさいそれを享受しない男、それが直斗である。


 「おう、直斗の奴め、膝枕などでグッスリと眠りおって……。知ってる? グッスリって、good sleepの略なんだぜ? まあ、そんな事はどうでもいい」

 「それ、ホントかな? 蜥蜴丸」

 「信じるも、信じないも、貴女次第ってやつよ」

 エクリアの問いかけをはぐらかす蜥蜴丸。きっと、間違っているな、と考えるが口には出さないエクリア。直斗と蜥蜴丸の扱いなら、彼女が一番である。

 「直斗がエルフ耳の膝枕で眠る権利があるなら、同じくらい疲れた、否、素晴らしい活躍を成し遂げたワガハイは、エクリアの膝枕で眠ろうではないか。さあ、エクリアよ、その素晴らしい膝枕にワガハイを誘いたまえ」

 「ゲーサンの膝枕で眠れば?」

 その切り返しを受け、恐るべき表情になる蜥蜴丸。

 「お前、何言っちゃってんの? あんな蜥蜴の膝枕で寝て、何の快感を得ればいいの? ふざけるのもたいがいにせえよ」

 「私の膝枕は、ナオト専用だからね。女の子には貸しても、蜥蜴には貸さないよ?」

 蜥蜴丸を、絶望が、襲った。

 「ならば、強制的に頂くまでよ。ワガハイがあるアニメで得た必殺技をくらうがいい」

 いきなり飛び上がる蜥蜴丸。

 「いっただっきま~す!!」

 それを直斗が見たのなら、「おお、ル●ンダイブ!!」と叫んだに違いない。声色までかのル●ン三世の声に似せていたが、もちろん、誰も気づかない。唯一知っているであろう直斗は今、安らかな眠りの中であった。その為、ツッコミは誰からも入らなかった。

 もちろん、その程度で慌てるエクリアではない。右腕を振るったかと思うと、無詠唱で氷結魔法を完成させる。

 あっという間に蜥蜴丸の氷像が出来上がった。

 「それにしても、変なポーズをしているな。一体、どうやったら、あの一瞬でこんなポーズが出来るんだ? エクリア、お前がこのポーズを指定して、凍らせたのか?」

 「ううん、そんな事出来ないよ。それ以前に、こんなポーズ、知らないよ?」

 ディアナとエクリアが見上げる先には、奇妙なポーズをとって氷漬けにされている蜥蜴丸がいた。直斗が見たなら、「イ●ミさんのシェーのポーズじゃないか。流石芸人、よくあの一瞬でこのポーズをとるなあ」くらい、言ってのけたであろう。しかし、直斗はユーフェミアの膝枕でグッスリ眠っていた。氷漬けにされた蜥蜴丸であるが、その表情は快感を得ているかのように恍惚としていた。

 そんな事には関係ないとばかりに、半分にやけながら直斗を見下ろしているユーフェミア。

 「このまま、キスしちゃおうかな~?」

 思考が口から出ていた。

 「そんな事は許さないよ、ユーフェ」

 「そうだな、私も許すわけにはいかないな。膝枕くらいまでは許してやるが、それ以上は許さんぞ。今死ぬか? 蜥蜴みたいにクローンとやらは、いないだろう?」

 エクリアとディアナの氷のような視線を受け、汗が溢れ出すユーフェミア。あまりの恐怖心から、直斗を放り投げてしまった。

 「グハッ」

 とかいうような悲鳴が聞こえた気がしたが、気にするユーフェミアではなかった。

 コクコクと首を上下に振る。命は大事である。直斗はあのくらいでは何のダメージも受けないだろうし、いいだろう。

 こうして、放り投げられた直斗と、氷漬けにされた蜥蜴丸の図が完成した。




 「クー……?」

 ゲーサンが満足そうにクーちゃんのスケッチを終えた。しかし、ずっと見ていたシルヴィアが芸術欲を刺激されたらしい。今度は、シルヴィアがクーちゃんのスケッチを始めた。

 ゲーサンはそこらへんでシャドーボクシングを始めた。少なくとも今はスケッチに興味はないようだ。

 好機とばかりに他の女性陣の方に行こうとするが、シルヴィアが逃がさない。

 「動いてはダメですよ、クーちゃん。今、スケッチをしているのですから」

 しかも、自分の絵に納得がいかないのか、「違う」とか、「こうじゃないんです」とか呟きながらスケッチブックからページを剥がして、丸めて捨てるの繰り返しである。

 もう、この二人に付き合うのはやめにしよう、そんな考えを抱き始めたクーちゃんであった。




 「イタタタ……。天国から地獄を味わった気がする」

 おかしい。柔らかい、素晴らしい何かに頭を乗せて眠りについた気がするのに、何故、俺はこんな固い床の上に眠っていたのだろう?

 「起きた? そろそろ、帰ろうよ、ナオト」

 エクリアに声をかけられ、全員を見る直斗。どうやら、全員そろっているようだ。

 何故か、ディアナに抱きつき震えているクーちゃんがいて、やたらと丸まった紙が置かれている空間があり、切り刻まれたスケッチブックが放置されていた。

 ゲーサンがやったのか? いや、あのゲーサンがそんな事をするとは思えない。

 丸まった紙を拾い上げ、開いてみた。

 恐ろしい化け物の絵がそこにはあった。

 膝を抱え、泣いているシルヴィアがいた。

 「どうしたんだ?」

 一応はパーティーのリーダーである。流石に泣きじゃくっているメンバーがいるのは気になった。

 「その絵を見て、どう思います?」

 「二度と絵を描くな、と言いたいな」

 直球であった。ど真ん中ストレートの答えを放り込む直斗がいた。これが泣いているのがエクリアやユーフェミア、ディアナであったら、もっと、オブラートに包んだ返答をしただろう。シルヴィア相手だからこそ、ど真ん中ストレートを放り込んだのであった。

 「そうですよね……、そう思いますよね。もう、二度と絵は描きません……、グスッ。クーちゃんに嫌われてしまいました」

 きっと、クーちゃんに嫌われたのは、絵の上手下手ではないだろうな、とは思ったが、慰めの言葉など投げかけない直斗である。完全なフェミニストではないのである。彼の中では、シルヴィアの優先順位はかなり下であった。


 後は、氷漬けにされている蜥蜴丸である。

 「●ヤミさんのシェーのポーズではないか。恐るべき芸人魂だな。流石は蜥蜴丸。俺にはとても出来そうもない」

 女性陣が「お前も芸人だろうが」というような視線で直斗を見るが、直斗は自分に都合の悪い事は考えない主義である。やはり、ファーガイアに来てから、サラリーマン時代に色々と押し付けていたモノが溢れ出しているのだろう。

 「お前は、このポーズを知っているのか?」

 「当然だろう。日本人なら、大半が知っているぞ」

 本当に大半の日本人が知っているかは分からないくせに、何も考えずにディアナの質問に答えるあたり、安定していると言ってもいいのかもしれない。ここら辺が蜥蜴丸の相方扱いされるゆえんであろうか。

 「おかしいんだ。最初は右手を高く上げていたのに、今は左手をあげている。いや、手足共に逆になっているんだ。氷漬けになっているのに、動けるモノなのか?」

 ディアナ一人が疑問に思っている。

 そう言えば、温泉地ロウランで蜥蜴丸が氷漬けになっている間、ディアナはまだ自分たちと合流していなかったな。ならば、知らなくても無理はないか。

 「蜥蜴丸は氷漬けになっていても、動けるんだ。もちろん、何で動けるのかは知らないぞ。きっと、科学的な何かで動いているんだろう」

 とりあえず蜥蜴丸に関することは、「科学的」みたいな言葉で片付ければいいや、といい加減に考えているのがよく分かる一言である。ディアナがジト目で見てくるが、何も考えない、考えたら負けなのだ。

 「ゲーサン、れ」

 「げげ、げっげげ」

 何処からかとりだした巨大ハンマーでぶっ叩くゲーサン。壁に叩き付けられる蜥蜴丸。


 蜥蜴丸が復活するのを待って、全員で帰路につくことにした。




 我ハ死ナヌ……。

 奴ラメ、我ヲ殺シタト思ッテイルヨウダナ。ダガ、ソノ油断ガ命取リヨ。

 我ハあんごるもあ。コノ世界ニ恐怖ト混沌ヲモタラスものナリ。

 我ノ“コア”ヲ完全ニ破壊スルコトナド不可能。故二何度デモ蘇ルデアロウ。コノ世界ニ恐怖ト混沌ヲモタラス為ニ。

 ン? 黒猫カ……。貴様、何ヲ見テイル? マアイイ、黒猫ナドドウトデモナル。

 サア、我ノ復活ハ近イ。

 世界ヲ、キョウフ混沌カオスヘ……!!




 何か一点を見ていたコリスであったが、いきなり魔方陣を展開した。

 それを見ても、直斗は、否、直斗たちは特別驚かない。何故なら、彼女を造ったのは、リリスだからである。世界すら簡単に破壊する魔力を持つリリスが造った使い魔。それ故、膨大な魔力を持つ。普段は、エクリア達に甘えている黒猫にしか見えないが。

 彼女の咆哮と共に、魔方陣の中に何かが浮かび上がる。

 黒い、昏い結晶であった。

 その結晶が、白い炎に包まれていく。

 燃える。燃え上がっていく。

 広間に何モノかの断末魔の悲鳴が響き渡る。そして、その悲鳴がだんだん小さくなっていく。

 やがて、完全に悲鳴が消えた。

 「気配も消えたな。おそらくは、アンゴルモアが完全消滅したのだろう」

 アンゴルモアの魔力の残滓を感じ取っていたのであろうディアナが呟いた。

 コリスは一仕事終えたと言わんばかりに欠伸をして、エクリアの腕に飛び込んだ。




 「さあ、帰ろう。俺たちの住む町へ」

 直斗の号令と共に歩き出す一行。

 何か忘れている気がするが、皆が気にしないことにした。




 「ふう、ワガハイ、なんかカッコイイポーズをとっていた気がするな。まあ、いい。エクリアの膝枕で気持ち良く眠ろうではないか。さあ、エクリア、膝枕を差し出すがよい、ってアレ? また、置いてきぼり? いい加減、ワガハイダークサイドに堕ちちゃうよ? フォースの力くらいじゃ、ダークサイドに堕ちたワガハイは止められないよ?」

 ひとり言を呟くが、反応はない。

 寂しくなった蜥蜴丸は、直斗たちの後を追い始めるのであった。


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