第3話
城壁を抜けレムリア王国王都へと入る一行。
直斗は出来るだけ直ぐに宿屋へと向かいたかった。尻の痛みに耐えかねていたのだ。
だが、ここで衝撃の真実が直斗を襲った。
「身分証明のない奴はまともな宿屋には泊れないぞ」
今の直斗には身分を証明する術はない。当然である。異世界に来て2日目、しかも初日は夜にひたすら砂漠を彷徨っていただけなのだ。どうしても身分証明など出来ようはずもない。
「どうすればいいんだ?」
直斗はバーソロミュー相手に敬語など使っていないが、バーソロミューも気にはしていないようだ。
直斗は直斗で異世界に来てまで敬語を使わないといけないなんてまっぴらごめんだったし(変なところで反骨精神に溢れる男であった)、バーソロミューはバーソロミューで敬語を使われるのを嫌がる節があった。
「お前さん、どうやって生きていくつもりだ?」
バーソロミューに聞かれて、直斗は少し焦った。
「何が一番手っ取り早い?」
このころにはもう直斗はバーソロミューを信用していた為、彼に相談する方が早いだろうとさえ考えていた。いい加減な男であった。
「冒険者ギルドに登録するのが早いだろう。依頼内容はピンきりだが、余程の犯罪歴などでもない限りは身分証明さえしてくれる」
「それでいこう」
無駄なところで即断即決するのも神代直斗という男である。
だが、直斗は別に即断即決をいい加減な気持ちで考えていたのではない。ただひたすらに早く尻の痛みから解放されたかっただけであった。
「冒険者ギルドってのはどこにあるんだ?」
「エクリアに案内させよう。俺たちは雇い主と色々話をしなければならんからな」
そこでバーソロミューたちとは別れた。
王都中央部にあるという冒険者ギルドへと向かうため、直斗は今エクリアと共に石畳の通路を歩いていた。
隣に美少女を連れて歩いているという現状に普段の直斗であればドキドキしていたであろうが、今の彼は股ずれの痛みに耐えながら歩いている現状だったので、隣を歩くエクリアからは苦笑されていた。
「まだ痛むの?」
「ああ、宿屋に行って痛み止めを塗りたい。それくらいどこかで売っているだろう?」
「まあ、売っているけど、回復魔法は使えないの?」
「俺のいた所には魔法なんて使える奴はいなかったよ」
現代日本に魔法を使える奴はいなかっただろう。物語の中や映画の世界にはいくらでもいただろうが。
少なくとも彼の知り合いには魔法を使える存在はリリスくらいしかいなかった。彼女は彼女で風変わりな存在であった為、人間としてカウントしていいかは分からなかった。
「そうなんだね」
エクリアは納得したのかしてないのか分からない声で返事をした。
「そうだ、たぶん違う世界から来たなんて誰も信じてくれないから、記憶喪失とでも言っておけばいいと思うよ」
どうやら彼女も直斗が異世界から来たとは信じていないようだ。
彼はさっそく味方を失った気がした。
石畳を歩き続けて十数分、ようやく冒険者ギルドについた。
2階建ての広大な建物であった。
扉を開け、中に入る。
受付は偶然空いていた為、すぐに冒険者登録が出来そうだ。
受付のお姉さんが美人であった為、直斗のテンションは上がっていた。本当に分かりやすい男である。横でエクリアが少しムスッとしていたが、もちろん直斗は気付かない。
「冒険者の新規登録ですか?」
「はい、お願いします」
この時直斗は自分ではキリッとした顔をしていたつもりであったが、少し鼻の下は伸びていた。しまらない男であった。
「では、こちらの用紙に必要事項をご記入ください」
受付のお姉さんから紙とペンを渡された。この世界では紙は貴重品ではないのだろうか、色々なところで紙は使われている。
「はいはい」
彼は簡単に紙を受け取った。
必要事項を書き入れていく。
直斗は受付のお姉さんの連絡先でも聞き出せないかなどと考えていた為、特に考えることなく必要事項を書き入れて行ったが、彼の書く字は日本語ではなかった。もちろん、彼は現代日本に長く住む人間である。日本語以外はほとんど分からない。映画で見る英語と中国語(香港アクション映画のファンを一時期やっていたのである)くらいである。
しかし、今の彼には自分が書いている文字が日本語にしか見えないし、必要事項として紙に書かれていた文字も日本語にしか見えていない。
異なる世界から来たなんて言っていたくせに流暢に文字を書き入れていく直斗を見てエクリアは不思議がっていた。
「名前、性別、年齢、と。種族? 人間でいいだろう。いや、ここはふざけて神とでも書いてみようか」
「人間でお願いしますね」
受付のお姉さんに優しく怒られた。しかし、この時の直斗には受付のお姉さんの後ろに不動明王のオーラのようなモノが見えた。これが高レベルの人間に稀に見られる「スタ●ド」というやつだろうか、などと彼はビビりながら神と書きかけたところを人間と書き直した。殺されてしまうと思ったと彼は後に述懐している。
「使用武器?」
「冒険者ギルドとして、高ランクになった方には直接依頼することもあります。また、他の冒険者と即席でパーティーを組むこともあります。その時、メンバー構成を考える時に参考になりますからね」
なるほど、確かに。直斗はしかし、使用武器の欄はどうしようか考えた。銃なんてこの世界にありふれた物だろうか? とりあえず、剣ということにした。
剣など持っていないのに、何故堂々と剣と書けるのか、エクリアは疑問に思ったが彼女は特に口を出さなかった。
「こんな所かな」
全てを書き入れた彼は用紙を見ながらこんなものでいいのかなとは考えていた。
姓名:ナオト・カミシロ
性別:男
年齢:二十三
種族:人間 (神と書き入れようとした形跡がある)
使用武器:剣
「ナオトって二十三だったの? 二十超えていないと思ってたよ」
日本人は童顔に見えるとは聞いたことがあったが、自分が童顔に見られていたことを知った直斗は少しムスッとした。
「そういうエクリアは何歳なんだよ? その顔で二十は超えていないだろうな?」
女性に年齢を尋ねるという少し恐ろしい行為を平然と行うあたり、異世界に来て直斗は大胆になっているのかもしれなかった。
「私? 十八だけど」
少し安心した直斗がそこにいた。しかし、西洋人に近い顔立ちをしたエクリアは少し大人びて見えるので、二十と言われても直斗には何の違和感もなかっただろう。
「ん? この使い魔の欄は何?」
「魔術師などが極稀に使い魔を持っている人たちがいるため、この欄がありますね。いないのならば、無しと書いてください」
「使い魔、ねえ。じゃあ、無し……」
「にゃあ」
それまで直斗の左肩にちょこんと乗っかっていた黒猫が急に声をあげた。
使い魔の欄に無しと書こうとした直斗の腕を邪魔する。
何度書こうとしても邪魔するため、直斗は諦めて黒猫に聞くことにした。
「お前、俺の使い魔なの?」
「にゃうむ」
そうだ、とその時の直斗には聞こえた。根負けして使い魔の欄に有りと書き入れた。
「その子、直斗の使い魔だったの?」
エクリアも疑問に思ったようだ。彼に随分懐いているペットだと思っていたのかもしれない。
「どうやらそうらしい」
この時の直斗はこの黒猫がリリスの送ってきたサポート役なのだろうとおぼろ気に考えていた。確信はなかったが、あとで調べることは出来るだろう。
「では、この内容で冒険者登録しても構わないでしょうか?」
「お願いします」
面倒くさいことはさっさと終わらせよう、そして受付のお姉さんの連絡先を聞き出そうとこの時の彼は考えていたとかいなかったとか。
「では、この球体に手を触れてください」
そう言われて直斗は右手を球体に近づけた。その球体に同時に黒猫も右前脚を触れさせた。その行為には誰も気づかなかった。
十秒ほど球体に触れていただろうか? もう離してもいいですよ、と言われて右手を離した。
「では、少々お待ちください」
エクリアと並んで椅子に座って待つこと数分、冒険者登録が出来たと言われた。
「冒険者ギルドに関する説明はこれに書かれていますので、よく読んでおいてください」
この時の彼は受付のお姉さんからしっかり説明を受けられると思ったため、少しがっかりしていた。
まあいい、連絡先をゲットするのだ(現代日本の癖が抜けていない。メルアドだけでも
ゲットしようなどと考えていた)と思っていたが、その時何人か冒険者が団体で入ってきたため、お姉さんから連絡先はゲットできなかった。
説明が書かれた紙を手に直斗は途方に暮れた。彼の頭の上には黒猫。
「宿、行かなくていいの?」
「そうだった」
その時、ナンパ脳から通常脳に切り替わった直斗であった。それと同時に股ずれの痛みがぶり返してきた。
「冒険者として今日から依頼を受けたり出来るけど、どうするの?」
「明日から本気出す」
そう言って本気を出したことなどない直斗であった。
エクリアに案内された宿屋は一泊500Gで晩飯付き、風呂トイレ共同の宿屋であった。
基本的に宿屋は風呂トイレ共同らしい。
現代日本人の直斗には風呂はいいとしてトイレ共同というのはつらい。
エクリアはもう少し上等の宿屋に泊っているとのこと。いつかは自分もトイレが個別についている宿屋に泊るのだ。そんなバカなことを当面の目標にする直斗であった。
案内された部屋に入り、股ずれしている部分に宿屋に向かう途中に買っておいた痛み止めの軟膏のようなものを塗るのを忘れない。
ベッド横のテーブルに黒猫を乗せ、携帯電話を開く。
考え通りにリリスからのメールが入っていた。
「サポート役は届いているかのう? 名前はお主がつけろよ。
あと、お主の装備品に関して言い忘れていたことがあった。
お主が攻撃と思わなければ普通にダメージを食らうぞ? 気を付けておけよ。
では、異世界での健闘を祈る」
なるほど、だから馬に乗っている間はあんなに尻が痛かったのか。
直斗の疑問は氷解した。
それよりも黒猫だ。
名前、なんにしようかねえ?
「ルーシーでどうだ?」
爪で顔面を斬り裂かれるという感覚を幻視した直斗であった。
黒猫ルーシー、安易すぎただろうか?
黒猫とはいえ、一風変わった猫である。何故か足先としっぽの先だけ白いのだ。
「シロはどう?」
またも顔面を斬り裂かれた。ご立腹らしい。
「コリスでどうだ?」
首を傾げる黒猫。かわいいのう。
「リリスからのプレゼントだからな。小さいリリス、それを少しもじってコリス、だ」
「にゃうる」
爪は飛んでこなかった。どうやら納得してくれたようだと直斗は胸をなでおろした。
明日から本格的な異世界生活が始まる。直斗は遠足前の小学生よろしく、なかなか寝付けない夜を過ごしたのだった。
ナオト・カミシロ
性別:男
レベル:1 NEXT 5/100
体力:120 精神力:50
攻撃力:25
防御力:18
魔力:30
魔法抵抗力:20
反応値:25
命中率:28
回避率:16
運:最悪→普通
使い魔:コリス(黒猫)
装備品:黒いコート 黒いズボン 怪しい携帯電話
称号:なし
所持金:49500G(借金)
ギルドランク:F(最低ランク)