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第2話

 直斗が目を覚ました時、彼の目の前に映るのは白い天井だった。

 おかしい、自分の安アパートは天井が木目だった気がする。つまりは白い天井などありえない。そこで直斗が導き出した結論はここは己の知る場所ではない、ということだった。

 なるほど、ならば自分は例のあのセリフを言わなければならない。

 直斗はリリスと出会ってからというもの、遅めの厨二病を発病していたのであった。恋人もいない、運動に打ち込んでいるわけでもない、他に何かしら趣味があったわけでもない彼がリリスの影響を多分に受けていてもおかしくはなかった。

 よし、言うぞ、そう思った瞬間に自分のお腹のあたりから「にゃ~」という音が鳴り響いた。

 携帯電話にあんな着信音はいれていない筈だが……。

 横になった状態で何とかお腹のあたりを見下ろすとそこには黒猫がいた。子猫と言うには少し大きいだろうか? そこまでの重さは感じなかった。

「猫?」

「にゃう」

 そうだと言わんばかりに返事をされたように直斗には感じられた。

 猫ねえ。直斗は何故黒猫が自分のお腹の上にいるのか考えようとしたが、特に思い当たる節はなかった。安アパートは動物禁止であったため、犬も猫も飼っていなかったし、猫カフェなど行く余裕もなかった。

 とりあえず直斗は起き上がることにした。黒猫を抱き上げながら、自らも体を起き上がらせた。

 現状を確認しなければなるまい。

 ここはいったい何処なのだろうか?

 どこかの室内かとも思ったが違うようだ。今直斗は地面を踏みしめていた。自分が今までベッドか何かに横たわっていたと考えていたのは、藁か何かを敷き詰めてその上に長めの布を敷いた簡易ベッドのような物だった。

 室内、と言うよりはおそらくはテントのような物の中だと考えるのが妥当だろうか?

 今自分が着用しているのは相も変わらず黒コートと黒いズボンだった。シャツまで真っ黒というのは、サラリーマンとしてありえなかった。なのでシャツだけは白だった。彼は実はシャツまで黒を着たいと願っていた男だったが、自分の中の常識をフル動員させて、シャツは白を着ていたのであった。

 黒猫を片手で抱きかかえながら黒コートの内ポケットを探る。

 あった。携帯電話は相変わらずそこにあった。

 己をここに横たえた人間は(人間と決めつけるのは早計だろうか?)黒コートの中まで改めようとしなかったのだろうか?

 携帯電話を取り上げられなかったのは幸いだったかもしれない。今、元いた世界とここを結び付けているのはあの携帯電話だけなのだ。

 内ポケットから携帯電話を取り出そうとした瞬間、テントが開かれ一人の少女が入ってきた。

 直斗は内ポケットに手を突っ込んだ状態でフリーズしてしまった。

「おや、起きられたのですね?」

 腰までかかる金髪の彼女は今の直斗には例のバーテンダーの女性に見えてしまった。顔立ちはかなり似ているように見えた。彼女を少しだけ幼くしたような感じだろうか? 年齢はおそらくまだ十代ではないだろうか? 外れていたとしても二十歳を大きく超えているということはないはず。

 貫頭衣のような緑色の上着。その下にはおそらく長袖の少しぴったりとした白い服を着ている。下には踝のあたりまである白色のズボン。胸当てや脛当てのような軽装の鎧のようなものをその上に着けている。

 そして腰にはシミターのような少し湾曲した刀。耐久性はそこまでなさそうだ、そんなことを直斗は考えたがそこはどうでもよかった。

 例のバーテンダーの女性と顔立ちがそっくりだったのがいけなかったのだろうか? 返答を忘れ彼女の顔をじっくりと見てしまった。

「あの、私の顔に何かついていますでしょうか?」

 女性の顔をじっくりと見つめているのは流石に失礼だな、そう思い直斗は視線を下げた。

 しかし、どう考えても日本人には見えない彼女が何故日本語をこんなに流暢に喋っているのだろうか? 

 ああ、そう言えばリリスが言語や文字には不自由しない、そう言っていたな。

 特に問題はない、そう返答しようとした時直斗の口より先にお腹が鳴った。

 ぐー。

「にゃあ」

 その音をかき消そうとでもしたのか、直斗の腕の中で黒猫が鳴いた。

「まあ」

 そのコンビネーションがおかしかったのか、金髪の少女は口元を軽くおさえて微笑んだ。その微笑みに直斗はハートを撃ち抜かれた。案外惚れっぽい男であった。


 案内された簡易テーブルで直斗は食事をとっていた。

 彼にとっては昨日の昼に牛丼屋で大盛りの牛丼と味噌汁を食べて以来であった為、がっつくように口に運んでいた。

 簡易テーブルに案内されるまで周りを軽く見まわしてみたが、いくつかの簡易テント(モンゴルのゲルのようなものを連想させた)のようなものが見えた。いくつかは撤収の準備の為だろうか? 解体が始まっていた。

 食事をがっついている間(彼のすぐ近くで黒猫も料理をごちそうになっていた)、髭面の男がテーブルの反対側についた。

「おいボウズ、話があるんだが」

「なんふか」

 直斗にとっては今は会話より食事という時間であった。まずは空腹を癒すのが先だ。

 髭面はそれを見て直斗が食事を終えるまで待とうと考えてくれたようだった。

 食事を終えた直斗は両手を合わせて「ごちそう様です」と口にした。そのような風習がないのか、髭面と金髪の少女は少し目を丸くしたようにも直斗には見えた。

「お待たせして申し訳ありません。それで、話とはなんでしょうか?」

「お、おお」

 髭面はこの世界では見かけない格好をしている直斗が敬語まで話すことに驚いたのか、それとも先ほどまでの食事時の人間と同一人物なのかをはかりかねているのか、すぐには用件を口にはしなかった。

「お前さん、いったい何者だい? いくらなんでもまともな装備一つなしに砂漠を渡り歩くなんざ、正気の沙汰とは思えん」

 砂漠? そのようなもの、歩いていただろうか?

 直斗は昨夜のことを思い出していた。そういえばイノシシのような奴とも戦ったし、その後は気の向くまま歩いていた。平原と思い込むようにしていたが、やはり砂漠だったのだろう。

「分からない」

「あん?」

「気が付いたら、砂漠にいた。とりあえず人のいそうな方向に向けて歩いて行こうと思って一晩中歩き回っていたんだ」

「本当に正気の沙汰とは思えん行動をするな、お前さん」

 髭面は少し呆れ果てていたようだ。

「まあ、いい。お前さん、名前は?」

「神代直斗」

「カミシロナオト? 姓名の区別はあるのか?」

 もしかしたらこの世界は姓名の区別がない人間が一般的なのだろうか? まあでも、直斗はそのような事など考えない男であった。

「姓がカミシロ、名前がナオト」

「ナオト、ねえ。あんまり聞かない名前だな。カミシロなんてもっと聞かない名字だ。エクリア、おめえ聞いたことあるか?」

「ないよ、父さん」

 直斗にとってはこの髭面がエクリアと呼ばれた少女の父親だということの方が衝撃的であった。きっと、母親似に違いない。そうだということを神に祈ろう。ついでに言えば直斗は現代日本の青年にありがちな無神論者であった。

「なあ、ナオト。お前さんこの国がなんていう名前か知っているか?」

「いや、知らない」

「出身はどこだ?」

「日本の東京」

 エクリアと髭面は顔を合わせて知っているかどうかをお互い確認したが、知っているわけがない。この世界にありえる地名ではないからだ。

「おい、ニホンなんて聞いたことがないぞ? それはどこにあるんだ」

「極東の島国だ」

 ダメだこいつ、どうにかしないとみたいな感情が髭面の表情に浮かんでいるように直斗には見てとれた。

「ナオトよお、お前さん行くあてはあるのかい?」

「いや、まったくない。付け加えて言えば金もない。出してもらった食事代も払えそうにない。食い終わってから言うのもなんだが」

 エクリアはお腹を押さえて笑い出した。少し直斗は腹を立てたが笑われるのも仕方ないなと考え、表情には出さないように努力した。

 髭面は何事かを考えたようだったが、一つの結論を導き出した。

「なあ、ナオトよ。金貸してやろうか?」

「返せない金は借りないことにしている」

 知り合いで連帯保証人になり借金地獄に陥った人間がいた彼にとって、借金という言葉は聞きたくもない言葉であった。

「まあ聞け、お前さん悪い人間ではなさそうだ」

 己が悪い人間ではないとたったこれだけの会話で判断したというのだろうか? この髭面が悪い人間に騙されないことを祈ろう。はて、誰に祈ればいいのだろうか? 無神論者の直斗には祈るべき相手がいなかった。

「俺たちはこれから王都に向かう。だいたいひと月分くらいの生活費を貸してやろう。俺たちはそれくらいの余裕はある。一緒に王都まで行き、そこでこれからの身の振り方を考えればいいさ」

「借金の返済期限は?」

「お前さんの出世払いだ」

 出世払いとは、なんと都合のいいセリフだろうか? 何人か大学に進んだ友人に金を貸したことがあるが、出世払いなと言われて、返ってこなかったこともザラだ。この時の直斗の脳裏によぎったのはどうやったら金を返さずに済むだろうかということだった。

 そんな邪悪な考えをすぐに頭から放り出した。

「それでいいなら、お借りします」

「宿屋に一日泊るのに数百Gはかかる。色々生活必需品も必要だろう。まあ、五万Gくらいかしておけばどうにでも出来るだろう。その後は自分でどうにかするんだな」

「了解した」

 こうして、直斗は異世界生活二日目にして五万Gもの借金を抱えることになった。

「まあ、だけど、あれだ。ニホンなんて誰も知らんところから来たなんて言うより、記憶をなくしたなんて言っておいた方がいろんな奴らと話は通じやすいだろう」

 直斗はそのアドバイスを受け入れることにした。

「ああ、言い忘れていたな。俺はバーソロミュー・ティンダロスだ。よろしくな」

「エクリア・ティンダロスよ、よろしく」


 バーソロミュー・ティンダロスを筆頭にした冒険者パーティー(今回は依頼内容が内容だったため、何グループかと一緒に行動したらしい)と共に馬上の人間となった直斗だったが、彼は乗馬の経験などなかった。

 今はエクリアの後ろに乗せてもらい、へっぴり腰で彼女の腰に手をまわしている状態だ。

「おい、ナオト、娘に手を出すんじゃないぞ」

「うるせえ、けつが痛いんだ、会話させるんじゃねえ」

 慣れない彼はエクリアにドキドキするより尻の痛みに泣きそうになっていた。彼の頭の上では黒猫がのんきに丸くなっていた。

 

「あれがレムリア王国、王都レムリアだよ」

 エクリアの声に顔を上げた直斗の目に王都の城壁の威容が飛び込んできた。


ナオト・カミシロ

性別:男

レベル:1 NEXT 5/100

体力:120 精神力:50

攻撃力:25

防御力:18

魔力:30

魔法抵抗力:20

反応値:25

命中率:28

回避率:16

運:最悪→普通

装備品:黒いコート 黒いズボン 怪しい携帯電話

称号:なし

所持金:50000G(借金)

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