第20話
“夢の花”を持ち帰り、アークティカ王都へと帰る一行。
エクリアとシルヴィアは“夢の花”について語り合っている。
一回の探索で“夢の花”は一本しか取れないため、どうしても欲しい場合はまた“幻想庭園”を探索するしかない。何度でも現れるのは何故か、解明した者は誰もいない。好事家が高額で買い取ってくれるため、誰もその謎を突き止め、迷宮が二度と現れないようにしようなんて考える人間はいないからだ。
明るいエクリアとシルヴィア、そしてコリスとは対照的に、少し暗い直斗と蜥蜴丸。
「世界には科学では解明できないことが山盛りなのだトカ」
「何故アレが映ったのかより、俺たちだけに何故見えたんだ? それが不思議だ。俺が蜥蜴丸と同類なはずがない」
「おいおい、それはこちらのセリフよ。アレが見えたワガハイらが同類だなどということは、ワガハイまでヘタレ扱いされるという事ではないか。ワガハイ、心優しい科学の子。ヘタレなどとは程遠い」
不毛な会話を繰り広げていた。
好事家のもとへ行く前に、まずは冒険者ギルドへと顔を出した。
もう夕方になっていた。それでも、シンシアがまだ受付にいた。
「あら、お帰り。砂漠でのレベル上げ、どうだった?」
「いや、砂漠では何もしませんでした。“幻想庭園”で“夢の花”とってきました」
「……何で未だに私に対して敬語なのかしら?」
「俺の本能が“逆らうな”と告げているのです。蜥蜴丸曰く『貴様の勝てる相手ではない』との事です。『リザード星にも貴女に勝てる相手がいるかどうか』とも言ってました」
溜息をつくシンシア。彼女にとって何故直斗にそう思われているかは全然わからない。直斗一人なら彼のヘタレさが生み出した幻想だと思うことが出来るのだが、レムリア王都でも冒険者が何故か彼女を異様に恐れていた。アークティカ王都でもまだ冒険者ギルドで働いて二日目なのだが、既に彼女を恐れる冒険者が少なからずいた。彼らは本能で何か危険を感じたのだろう。ちなみに彼女を恐れた冒険者のうち少数は単なるドMであった。
シンシアがちょうど今日はもう仕事終わりだ、ということもあり、彼女を伴って例の好事家のところへ行くことになった。
ユゴス伯爵と名乗るその男は、実際、王家から伯爵位を授けられているわけではない。
そう名乗っているだけだ。単なる自称である。もっとも、こういう取引の時だけ名乗っているようなので、王家から注意を受けたりしたことはないようだ。
立派な髭を蓄えたその男は、いかにも音楽室に飾られている有名音楽家のようにカールした立派な髪の毛をしていた。
「あれは、かつらだろうか?」
「フム、かつての音楽家はやたらと変な髪形をしていたが、一部ではあの写真や肖像画はかつらだという話だな。だが、直斗よ、初対面の人間に向かってかつらかどうかをきりだすとは、流石のワガハイですら躊躇するよ。いや、違うのよ、先をこされたなんて思っていないよ、ホントよ」
直斗と蜥蜴丸は金持ちを目の前にしても平常運転であった。
「ホウ、このワタクシを目の前にしても物怖じしないその態度、気に入りましたよ。蜥蜴の着ぐるみとはこれまた素晴らしいセンスだ。その着ぐるみ、何処で手に入れたのかね? ワタクシも欲しくなったのだが」
ユゴス伯爵もまた、普通の人間ではなかった。
「これを手に入れるには、まず星の大海原を越えねばならぬ。そして、辿り着いたその先で身も心も蜥蜴にならねばならぬ。貴様にその覚悟があるか?」
ノリノリで変な事を言いだす蜥蜴丸。
「星の大海原を越える? それはいったいどうすれば出来るのかね? 身も心も蜥蜴になるのは流石に抵抗があるが、星の大海原を越えるという事には興味がある。物凄くソソラレルねえ」
「その為にはワガハイの持つ宇宙船“ゴリ押し”を修復せねばならぬよ。しかし、それには多額の金銭が必要なのだがね」
「ワタクシはね、この狭苦しい星などにおさまる器などではないと自負している。いいでしょう。いくらでも払おうではないですか。しかし、約束できますかな? ワタクシを必ず星の大海原へと連れて行くことを?」
「クカカカ、契約成立だな。では、“ゴリ押し”修復のめどが立った時、迎えにこようではないか。その時こそ、身も心も蜥蜴の神に捧げる時よ」
「フフフフ、楽しみで身も心もハイになりそうですよ。ワタクシが叶えられない夢だと思っていた、星の大海原を旅することが出来そうだとはね。偉大なるアザトースに感謝したいところですな」
方向性の違う変態と世界観の違う変態はガッチリ握手したのであった。
おかしな神の名を話していたように感じた直斗であったが、ここはスルーすることにした。きっと、そこにツッコミを入れれば、長く連綿と続く神の話でもされてしまうに違いない。
「本題に移っていいかな?」
自分がふった話題から変な方向に話が進んでいったことを危惧した直斗が強引に話題を変更させた。
「何かね? ワタクシはもう、遙かなる星の大海原に心の目を向けているのだよ。用件は手短に済ませてもらいたいね」
先ほどまでの饒舌ぶりとは違い、さっさと話を済ませようとするユゴス伯爵。
「こいつを買い取ってもらいたいんだがね」
直斗はそう言って“夢の花”を机の上に置いた。
「ほう、“夢の花”。ここまで闇色に染まった花を見たことはありませんな。そして、花の中心にはまるで正反対の太陽を思わせるオレンジ色、とは」
“夢の花”、その特性として、一度固定されると、その色を変えることはない。
何故一度直斗が持ち、ほぼ闇色に染まった“夢の花”がエクリアが手を添えたことにより、太陽を思わせる色に中央部がそまったかは謎である。
「よろしい、諸君らには期待を込めて三十万G払いましょう」
「三十万? 安いのか高いのかわからないな」
「うーん、今まで一番高く買われたのが二十万Gだね」
冒険者ギルドの資料を見て答えるシンシア。
「ホホウ、わざわざ冒険者ギルドの職員を連れてくるとは。これからもいい商売が出来そうですな」
「まあ、そうだな」
あまり納得してない直斗。このユゴス伯爵と名乗る男をまだ信用できていない所があるからだ。
とりあえず現金一括で払ってもらうことを希望した直斗たち。
伯爵の部下と思われる執事服の男が現金をもって現れた。
ユゴス伯爵宅を金を受け取り後にした直斗たち。
ティンダロス邸に着いて、どう分けるかを議論した。
「ここは平等に分けようではないか。なあに、優しさには定評のあるワガハイ、ワガハイとゲーサンの分は二人で一人分でよい。ウホッ、ワガハイの優しさ、悔しさ、目に染みる」
ゲーサンの意見は封殺されていた。
「要するに、俺、エクリア、シルヴィア、蜥蜴丸で分ければいいのか」
「にゃう、にゃう」
「……お前も欲しいの?」
「にゃっ、にゃっ」
自分にもよこせと言い張るコリス。
「使い道はどうするのよ?」
「にゃぐる」
秘密だと言われた気がして、これ以上問い詰めるのはやめにした。
「俺の分を分けてやるから、それでいいか?」
「にゃ」
頷いた。どうやら、それでいいらしい。
「……私の分は?」
「シンシアさんはユゴス伯爵のところに一緒に行っただけじゃないですか」
一銭も払いたくない直斗であったが、ヘタレなため強く言いだせない。
「他のみんなだっていやだって言いますよ」
「私は別にいいよ」
「私も構いません」
「クカカカ、少しくらい取り分減ったところで、ワガハイ気にせぬよ」
「げっげ、げげ」
「にゃあう」
直斗に味方はいなかった。
五人で分けると、一人頭六万Gになる。
それを直斗とコリスでまた分ける。
「俺が五万、コリスが一万でどうよ?」
「にゃううう」
いやがられた。
最終的に直斗が二万G、コリスが四万Gになった。
その時、ようやく直斗はバーソロミューへの借金返済が全然なされていない事に気付いた。借金返済にコリスから金を返して貰おうと思ったが、コリスはエクリアの腕の中に逃げ込んでいた。四万Gは既にどこかに消えていた。
その夜、ティンダロス邸では映画上映会が行われていた。
女性陣が涙を流しながら映画を見ていた。
「……あの字幕、誰がこの世界用に翻訳したんだ?」
「リザード星に住むトダサン」
「……凄いな、トダサン」
むしろ、どうしてトダサンがこの映画を知っていたのかを知りたい直斗であった。聞いたら負けのような気がした。
この日、直斗は久しぶりに見た映画に涙し、借金返済が進まない事にも涙を流した。
「ようやく、ようやくワタクシの悲願が叶うかもしれない時がやってきましたよ」
「それはそれは、おめでとうございます」
伯爵を名乗る男の邸宅、闇に染まる一室にて、伯爵はワインに酔いしれていた。
彼の従者は形ばかりの賛辞をおくった。
「ああ、君もいつまでもそんな人間の皮をかぶっていてはつまらないだろう?」
執事服に身を包んだ男がニヤリと笑った。
「ああ、あの蜥蜴、ふざけた態度であったが、つかめない蜥蜴よ。確かにあの蜥蜴の実力をもってすれば、我々がまた、星の海へと飛び立つことは可能であろう」
「この星に降り立ち、はや何百年経過したであろうか? 未だに迎えなど来ぬ。“あの方”はワタクシたちの事を忘れたのか? それとも死に絶えたのであろうか? だが、もう一度、もう一度ワタクシたちもあの星の大海原に旅立つことが出来れば、“あの方”のおられる星に辿り着けるかもしれない」
「だからこそ、あの蜥蜴たちに資金援助をすることに決めたのか?」
「ああ、ワタクシたちはこの星に降り立ってからというもの、本来の力を出すことが出来ない。このまま手をこまねいていては、生き残った我々の数少ない同胞もこの星に異物として除去されかねない。ならば、もはやワタクシたちに残された選択肢は“あの方”が住まわれる星を目指すしかあるまい」
「そうか、この星を出るか」
「あまりにも長き時を過ごしたか、ワタクシはこの星が好きになってしまったのだよ。だから、この星を支配しようなどという考えはもはやない」
「ふむ、確かに長い時を過ごしたな。だが、数少ない同胞の中にはこの星を支配しようと企むモノもいるぞ?」
それらは、魔族として生きているモノもいれば、この星に“怪獣”として封印されたり、人知れず生きているモノたちもいた。
「それは、彼らの自由だ。ワタクシは帰るのだよ。“あの方”の住む星に」
「我もまたこの星が好きになった。我も共に帰ろう、“あの方”の住む星に」
こうして、蜥蜴と共に星の大海原に思いを馳せるモノたちがこのアークティカ王都に誕生したのであった。
彼らの本性を知る者はまだ、何処にもいない。




