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第17話

 「着いたよ、ここがアークティカ王国王都」

 エクリアの声も少し嬉しそうに感じる。

 「ここが、エクリアの故郷?」

 活気に溢れている街だ。レムリア王都よりも活気に溢れていると直斗には感じられた。

 「商人の多い街だからね。南側は港。そしてそこから王宮、貴族街、商業区、平民区画、工業区という順番かな。港か、砂漠近くの平原が王都への出入り口だよ」

 エクリアが説明をしてくれるが、直斗はキョロキョロ辺りを見回している。田舎者丸出しである。東京の安アパートで暮らしていた彼だが、やはり異世界は勝手が違う。

 色々な人間がいる。ここでは彼を「ヒーロー」だとか、「厨二」とか呼ぶ人間はいないだろう、たぶん。茶色の蜥蜴が暗躍しない限りは。


 商業区にあるティンダロス家に向かうことになった。

 とりあえず全員暫くの間ティンダロス家に世話になることになったのだ。

 バーソロミューとマリアが冒険者になる前、ティンダロス商会といえば、アークティカ王都でも有数の商会であったらしい。

 「何故、冒険者に?」

 直斗の疑問ももっともであろう。

 「商才がなかったのよねえ、見事なまでに」

 「ああ、それで商会の方は弟に譲り、家屋敷だけ俺が譲り受けたんだ。ティンダロス商会自体はまだあるし、むしろ、俺が商会の方を引き受けていた時は傾きかけてな。今はだいぶ盛り返しているらしい」

 「細かい計算がダメでねえ、二人とも」

 冒険者になって正解だ、とマリアとバーソロミューが揃って笑っていた。


 かつてはアークティカ有数の商家だったという言葉は嘘ではなかったようだ。

 建物だけで三つもある。

 「俺たち家族が住むところが一番でかくて申し訳ねえがな。南側の方をシンシアとシルヴィアが使ってくれ。入り口に一番近いところが、ナオトと蜥蜴な」

 部屋の割り振りならぬ建物の割り振りが行われた。

 「……俺はこの二匹と同じ建物に泊らなければならないのか?」

 不愉快であった。この蜥蜴二匹と同じ建物で寝泊まりするなど、心休まる日が来そうにない。

 「年頃の女と同じ建物に住まわせるわけにはいかんだろう? それに、蜥蜴二匹だけだと、不安だからな。お前に対するストッパーが蜥蜴二匹で、蜥蜴二匹に対するストッパーがナオトだ」

 誰が聞いても、立派な理由であった。

 「俺にこの二匹は止められないよ」

 直斗はとてもではないが、この二匹を止められる自信はなかった。

 「お前さんに止められなければ、誰も止められんさ」

 バーソロミューの意見に全員が頷いた。蜥蜴二匹すら頷いていた。


 仕方なく、与えられた敷地内入り口近くの建物に入り、簡単な掃除をする直斗。

 かつての男性使用人用の建物らしい。ここ暫く誰も住んでいなかったからかなり汚いかと思えば、時々商家の人間に掃除を頼んでいたとの事で、そこまで汚れてはおらず、簡単な掃除で済んだことは直斗にとっては幸運であった。

 蜥蜴二匹は一階を所望したため、直斗は二階の部屋に住むことにした。

 上で夜にドタバタされたりしてはかなわない。

 「バカめ、ワガハイらが一階に陣取り、お前がエクリアに夜這いをかけるのを防ぐという寸法よ」

 「……夜這いなんかするわけないだろうが、バカか貴様は」

 「え? 夜這いかけないの? ヘ・タ・レ」

 殴りあいが始まった。何故か直斗プラスゲーサンVS蜥蜴丸であった。

 蜥蜴丸は一分と経たずに白旗をあげた。

 「ところで、コリスはどこだ? あいつは俺の使い魔、いや、飼い猫のはずだが……」

 そう言えば、近頃自分の近くにコリスがいないなあ、とようやく思い至った。

 「え? あれはエクリアの飼い猫であろう?」

 「え?」

 「え?」

 「げげ?」




 そのコリスは今、エクリアにブラッシングされて、たいそうご満悦であった。

 「可愛いわねえ、本当にナオトの飼い猫なのかしら?」

 「うーん、初めて会った時は、凄くナオトに懐いていたんだけどね、いつの間にか私にも懐いてくれたんだ。うちの飼い猫にしたいよ」

 「にゃあう」

 いいよ、と言っているようにエクリアには聞こえた。




 翌日、敷地内奥の建物で、皆で朝食をとることになった。

 「エクリアの手料理?」

 「う、うん、母さんほど美味しくは作れないけどね」

 直斗は目の前に並ぶ料理の数々がエクリアの手料理だと聞いて感動していた。

 各自それぞれの作法で料理を食べていく。

 「いただきます」

 両手を合わせて、日本人には馴染み深いその言葉を唱えてから、料理を食べ始める直斗。

 「美味い!!」

 「ホント? ホントに美味しい?」

 「うん、凄く美味しい」

 直斗は最近食べた料理が全然味がしなかった為、エクリアが作ってくれた料理が物凄く美味しく感じられた。もっとも、直斗が最近食べた料理は味がしなかったわけではなく、彼が精神を閉ざしていた為、味わう余裕がどこにもなかったからである。

 そのことに気付いたが、エクリアが直斗の返事に凄く綺麗な笑顔を見せたため、言わないことにしようと直斗は心に決めた。

 「そう言えば先ほど、ナオトさんは『いただきます』とおっしゃいましたね。それには何の意味があるのでしょうか?」

 一週間以上、旅を共にしたのに、シルヴィアは直斗たちに対して敬語で喋るのをやめようとしない。エクリアは自分の方が年下なのだから、敬語はやめてほしいと言ったのだが、これが自分の話し方ですと言って譲らなかった。

 「ああ、『いただきます』というのは、色々説があるらしいけど、俺のいた世界では、一般的に料理を作ってくれた人たち、ここには、食材を準備してくれた人たちとかも含むんだけど、そういった人たちへの感謝の言葉という意味と、料理となった食材たち、まあ、動物であったり、野菜であったり、そういったものたちの命を頂きます、っていう大きく考えて二つの意味があるんだ」 

 「……いい言葉、ですね。これからは私もその言葉を使わせていただこうと思います」

 「それは、食事前に言う言葉?」

 「そう、ですね。食事前に言うのがほとんどですね」

 シンシアに対しては、何故か敬語が外せない直斗。

 「じゃあ、食事の後には何か特別な言葉でもあるの?」

 「『ご馳走様』っていう言葉があります。これは、料理を作るのに、食材を揃えるため走りまわってようやく食材が手に入ったというような意味からきている言葉らしいですよ」

 現代日本では、食材を手に入れるだけなら走りまわる必要はないが、この世界では、それこそ走りまわる必要があるかもしれない。

 「ふうん、いい言葉ね。私も使ってみようかな」

 

 こうして、ティンダロス家では食事の際に「いただきます」「ご馳走様」が言われるようになった。それが、その後じわじわとアークティカ王都中に広まっていくことになったのだが、この時、誰もそんな事は予想していなかった。




 朝食後、シンシアが職を求めて、冒険者ギルドの面接に向かった。シルヴィアがそれについていく形で家を出た。

 とは言え、採用は決まっているようなものだ。荒くれ者を軽くあしらえる人間はそうはいない。彼女のような人材は冒険者ギルドとしては願ったりかなったりだろう。

 少し時間をおいてから、直斗とエクリアはコリスを連れて冒険者ギルドへ向かうことにした。

 バーソロミューとマリアは商会の方へ顔を出さないといけないということで、別行動であった。

 蜥蜴二匹は朝食後何処かへ姿を消していた。


 「よお、エクリアじゃないか、王都に帰ってきたのなら、何故俺に挨拶をしに来ないんだ?」

 冒険者ギルドへ向かう途中、エクリアに声をかけてきたのは、いかにもチンピラですといった感じの若者であった。直斗より若いであろうか? 周りにはその取り巻きみたいな男たちもいた。

 「……ネイサン、貴方に挨拶をしなければならない理由はないわ」

 「おいおい、未来の旦那様にそんな言葉づかいはいけないなあ」

 未来の旦那様? 直斗はその言葉を聞いただけで不愉快になった。エクリアには婚約者がいたのか?

 「エクリア、こいつ、君の婚約者か何か?」

 「ううん、違う。行こう」

 エクリアは不愉快さを隠そうともせずに、その場を離れようとした。

 だが、男たちが行く手を阻んだ。

 「おいおい、ダゴン商会のネイサン様をなめんじゃねえよ。俺様がその気になればティンダロス商会なんざすぐ潰せるんだぜ? いいのかい、元経営者の娘が商会を潰す真似をしてもよお?」

 息をのみ、動くのをやめたエクリア。

 「ククク、俺様の言う事に反抗なんざするんじゃねえよ」

 そう言ってエクリアに手を伸ばそうとしたネイサンであったが、エクリアの手の中にいたコリスの爪によって手を傷付けられた。

 「猫如きが、この俺様に傷を付けるだと!?」

 激昂するネイサン。エクリアの腕からコリスをとりあげ、道に叩き付けた。

 叩き付けられ、バウンドするコリス。口から血を吐いていた。

 「コリス!!」

 エクリアが抱き上げるが、コリスの息はほとんど感じられない。

 「コリス、しっかりして、すぐお医者様のところに連れて行くから!!」

 エクリアが泣きながらコリスを励ましているが、ネイサンとその取り巻きたちが彼女をそこから移動させないようにした。

 直斗はもう既にぶちギレていた。

 携帯電話で蜥蜴丸を呼び出す。何故蜥蜴丸相手に携帯電話が通じたかは謎だ。

 蜥蜴丸が来る前にこのネイサンとかいう屑を殺さなければならない。直斗はネイサンの頭を無言でつかみ、地面に叩き付けた。

 「土下座しろ!!」

 ネイサンは土下座を出来なかった。叩き付けられた頭は地面を陥没させ、彼の足は本来頭があった部分まではね上がっていたからだ。

 「呼ばれて飛び出て宇宙の果てから貴女の台所まで、ワガハイ蜥蜴丸が安全と快楽を届けに来るトカ来ないトカ、密林さんよりサービス満点、ボッタクリ」

 「口上はどうでもいい、コリスを治せるか?」

 直斗の殺気に気圧されたか、反論せずにコリスを診る蜥蜴丸。

 「フム、これはワガハイでは治せぬな。なあに、コヤツは普通の猫ではない。使い魔。魔法生命体。ワガハイのような科学の徒では治せぬ。直斗が普通に生きている限り、時間が経ちさえすれば、治る」

 直斗から殺気が消えた。だが、殺気が消える前にネイサンの四肢を砕いて、股間を蹴り上げ、男として再起不能にまでしていた。

 ちなみにネイサンの取り巻きはいつの間にか現れていたゲーサンによってこれまた再起不能になっていた。何処からかとりだされたハンマーによって股間が恐ろしい音を立てて砕かれたのであった。

 蜥蜴丸の言葉通り、暫くしたらコリスの呼吸は元通りになり、エクリアの手の上で規則正しい寝息を立てだした。

 「今日は嫌な気分になったな。冒険者ギルドへは明日、顔を出そう」

 エクリアもその言葉に頷き、二人は心配そうな顔でコリスを見つめ、ティンダロス家へと戻っていった。

 「直斗よ、こやつらはどうする?」

 「お前の好きにしろ、蜥蜴丸」

 「クカカカ、科学の進歩に犠牲はツキモノ。こんなニンゲンの屑なら、サンプルにするに良心の呵責など感じぬな」

 「いつも感じているみたいな口ぶりだな」




 四肢を砕かれ、股間を潰され、死の恐怖に地面を這いつくばるようにそこから逃げ出そうとするネイサン。

 何故だ? 俺はダゴン商会の跡取り。このアークティカ王都において、俺様に逆らえる平民なんざいない筈だ。なのに、あのカス野郎、俺様をこんな目にあわせやがった。糞が、闇社会を使って殺してやる。エクリアもろとも、二目と見れない顔にして、この世の地獄を味あわせてやる!!

 「クカカカ、貴様に待つはこの世の地獄か、永遠の快楽か? 貴様に這い寄る混沌は何をもたらしてくれるかな?」

 後ろを唯一自由に動かせる首を使って振り向いた。

 そこには、緑色の毒々しい液体がたっぷり入った巨大な注射器を振りかぶる禍々しい笑顔の茶色の蜥蜴がいた。

 「あ、それ、ブスッとな!!」

 「アッーーーーー!!!!」

 恐ろしい悲鳴がわきあがった。その光景を見ていた男たちが皆一様に尻を抑えたという。




 数日後、アークティカ王都にある宗教団体が誕生した。

 その名は「猫神教」。

 猫を最上位の存在として崇める宗教である。 

 あらゆる猫虐待を否定するその宗教は、国教であるアークティカ国教会から異端扱いされたが、アークティカ国教会そのものを否定する教えではなかった為、迫害を受けることはなかった。

 宗教本拠地はアークティカ王都に存在する旧ダゴン商会本店。

 そこはファーガイア上で一番の“猫の楽園”と呼ばれる土地になった。噂を聞きつけ、ファーガイア上の各地からそこを目指す猫が現れたトカ、現れなかったトカ。

 常に十数名から数十名の信者の「猫はかわいい、猫はかわいい、猫はかわいい……」と連呼する声が昼間聞こえてくるという。近所迷惑を考え、夜には彼らの声はどこにも届くことはなかったという。


 猫神教は最上位に猫、その下に人間をはじめとした各種動物たち、そして、何故か最底辺に蜥蜴が存在するヒエラルキーが形成されていた。

 何故蜥蜴が最底辺に位置付けられているかは、開祖が異様に蜥蜴を恐れたからだとも言われているが、永遠の謎であり、誰もがそのような事に興味を持たなかった。


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