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第12話

 さて、どうするか。直斗は必死に考えを巡らせていた。目の前の鰐はなかなかの強敵ではないだろうか?

 実際のところカリヴォスもサンドワームも本来彼のレベルでは太刀打ちできない存在であるのだが、無駄に最強装備品があるため、そこまでの危機感は抱いていなかったのである。また、今回は後ろにエクリア達を庇いながら戦わなければならない。救いは目の前の鰐が持つ武器が鉄球ひとつである点だろう。

 「少しは俺様を楽しませろよッとォ!!」

 放たれる鉄球を何とか受け止める直斗。

 「ゲーサン!!」

 「げげ」

 直斗の言葉に反応し、鰐へ最高の踏みこみ、最高の速度で右ストレートを放つゲーサン。鰐を十メートル後退させることに成功した。

 「ゲーサン、エクリア達を頼む。俺はあの鰐を退治する」

 「げげっ」

 何故か敬礼をするゲーサン。一抹の不安を抱きながらも直斗は鰐退治をしようと、その場から飛び出したのであった。




 「父さん、しっかりして、死なないで。私と母さんを置いていかないでよ!!」

 バーソロミューの胸はまだ微かに上下していた。まだ息はある。だが、持ってあと数分であろう。その場にいたシルヴィアの目にはそう見えた。

 シルヴィアもエクリアも回復魔法はほぼ使えない。自分たちの使う回復魔法は初期の魔法であり、生死の境を彷徨うような大怪我には使ったとしてもなんの効果もない。

 自らの無力を痛感していた時に、今度は緑色のマッチョな蜥蜴が近付いてきた。そして、石畳をドン、と強く踏み鳴らす。

 「ムヒョッ、ワガハイ、まだ死なぬよ。リザード星に戻り、ゆくゆくは星の大海原のその向こう側へ行かねばならぬ。段ボールを噛みしめ味の向こう側にはもう、到達した。二度と行きたくない向こう側であったことよ」

 茶色の蜥蜴は飛び上がるなり変な事をしゃべりだした。

 マッチョな蜥蜴が地面に倒れているバーソロミューを指さす。

 「ウホッ、いい死体、否、いい死にかけ。エクリアよ、その死にかけはアレかね、君の父親とかそのような類の存在かね?」

 涙を浮かべながら顔を上げるエクリア。

 「こんな時にふざけないでよ。私の父さんだよ!!」

 エクリアの怒りの形相にも特に変化を見せない茶色の蜥蜴。シルヴィアはこの空気を読まない、否、世界観の違う蜥蜴に少し恐怖した。今のエクリアの視線を受けて、何故ああも平然としていられるのだろう?

 「ところで、エクリアよ。ワガハイならその親父を助けてやれるがどうするかね? 治療費は高いぞ?」

 「いくらでも払うよ、助けてくれるなら!!」

 「そんな簡単に答えてもいいのかね?」

 「いいから、助けてよ。治療費なら例え何年かかったとしても払うから、父さんを助けてよ、お願いだよ……」

 「その言葉が聞きたかった、というより、ワガハイがこのセリフを言ってみたかっただけだトカ」

 その刹那、何処かから巨大な注射器をとりだす茶色の蜥蜴。その注射器の中には緑色の毒々しい液体が詰まっていた。

 「あ、それ、ブスッとな」

 巨大な注射器がバーソロミューの首筋に突き刺さり、その緑色の毒々しい液体がバーソロミューの体内に注入されていった。

 「な、何するの……?」

 驚くエクリアをよそに、バーソロミューを注視する茶色の蜥蜴。

 「ふむ、間に合ったな。流石ワガハイ。限界ギリギリであったわ。むろん、この限界ギリギリをいつも味わいたいと思っている」

 先ほどまで弱弱しかった胸の上下が規則正しくなっていた。顔にも血の気が戻っている。

 「いったい、何したの……?」

 「ふむ、今注射したのは宇宙ナノマシン“スグナオール”だ。死んだ者に使っても何の効果もありはしないが、生きている人間に使えば、どんな怪我でもたちまち治すという優れもの。これを開発したワガハイ、リザード星の英雄になった」

 「父さんは、もう大丈夫なの?」

 「うむ、だがこの“スグナオール”、一つだけ欠点があってな、暫くの間とてつもない悪夢に襲われるらしい。もちろん、悪夢の内容は人それぞれだ。悪夢を見た結果それまで聖人君子だった男が盗んだバイクで警察署に殴りこんで夜の留置場で乱痴気騒ぎを起こしたり、それまで無色透明のような存在だった男がいきなりアイドルの追っかけになって年間数百万円分も握手券付きCDを買ったり、大量虐殺犯が何故かそれまでの人生を悔い改め、不便な場所に住む住民の為にトンカチとノミ一つで山にトンネルを掘るようになったりだとか、科学では解明できないことが山盛りなのだよ。もちろん、この男がどのような悪夢をみるかはワガハイのあずかり知らぬところよ」

 バーソロミューを見下ろし、安堵の息を吐くエクリア。

 「生きていてくれるだけ、それでもいいよ」

 その笑顔は涙交じりのとても綺麗なものだった。

 「治療費は、いくら?」

 「ほう、逃げも隠れもせず払うというのかね?」

 「払える分は必ず払うよ」

 「ほほう」

 そう言ってエクリアを見下ろす茶色の蜥蜴。その眼にはなんとなく好色そうな笑みが浮かんでいるように見える。エクリアもそれを感じ取ったのか僅かに体を後ずさらせた。

 「では、時々でいいのでワガハイを氷漬けにしてくれ!!」

 「え?」

 「もう、あの感触ワガハイ病みつき!! たまらん、あの生死の境を彷徨うようなめくるめく臨死体験、科学では味わえぬ到達点。味の向こう側など比べ物にもならぬ。ワガハイをドMにした責任をとってもらおうではないか……!!」

 完全なる変態がそこにいた。




 鰐型魔族アルハザードと対峙する直斗。

 そして、直斗に相対するアルハザードは驚愕していた。

 己の鉄球を受け止めてなお、無傷で立っていられるニンゲンなど今まで誰一人存在しなかったのだ。

 その上、己を殴り飛ばしただけで十メートルも後退させた蜥蜴。リザードマンと呼ばれる蜥蜴型モンスターもいるが、己に力で太刀打ちできるような存在ではなかった。

 いったい何者だというのだ、この矮小なるニンゲンは?

 「祈りは済ませたかい? この鰐野郎が」

 「ああ? なんだと、このニンゲン? まあ、一度偶然で俺様の鉄球を受け止めたからといって調子に乗るんじゃねえよ!!」

 この未知なるニンゲンに少しばかりの恐怖心を覚えたアルハザードは己の頭からそれを振り払う。こんなニンゲンに舐められるなんざ、俺様のプライドが許さねえ!!

 「おらよぉ!!」

 一度で倒れなければ何度でもぶつけて殺してやるぜぇ!!




 先ほどから何度も鉄球の攻撃を受けて直斗は防戦一方であった。

 攻撃に移るタイミングがつかめないでいた。

 「ちぃっ、なかなか倒れねえな、貧弱なるニンゲン風情が!!」

 その時、ようやく直斗は気付いた。まだこの鰐の名前を聞いていないではないか。

 倒すべき相手の名前も知らずに倒すなんて、おかしいではないか。こいつはきっと、小ボスだ。向こうの方では蜥蜴丸が何かやらかし、バーソロミューが助かったようだ。

 ふむ、これでこちらの方に集中できるな。まるで今まで集中してなかったかのように考えを巡らす直斗であった。

 「おい、鰐野郎!! テメエの名前を聞いておいてやる。なんて名前だ?」

 「ああ、まあいい。冥土の土産に教えておいてやろう。魔王配下の四天王の一人、アルハザード様よ」

 「四天王?」

 「てめえの名前も聞いておいてやるぜ!! 墓に刻んでやるよ!!」

 四天王の一人だと、この脳筋が? まあいい、おそらくは四天王最弱の存在とはこいつの事であろう。きっとこいつを倒せば誰かが出てきて「こいつはしょせん四天王最弱の存在」とか言ってくれるに違いない。そんな事ばかり考えつく直斗という男はやはり厨二病から抜け出せぬ存在であった。

 この鰐が四天王の一人というならば、俺もまたそれ相応の名乗りをしなければなるまい。

 さあ、日頃考えていた名乗りを今こそしようではないか。現代日本でやればただ単に痛い男だが、この異世界では気にする者はいないだろう。

 「俺の名は神代直斗、神に代わって直に闘う男だ!!」

 斗は闘うという意味もあるのだ。「OK牧●の決斗」などという映画がある。観たことはないが、斗で闘う意味を含んでいる事に間違いはないだろう。

 決め台詞が決まった、などと考えていた直斗。すぐ傍にエクリアがいない事はある意味救いであったかもしれない。

 「へえ、神に代わって、ねえ。なあ、何の神に代わって闘うんだ? 教えてくれよ」

 なん……だと……? 決め台詞にその意味を問いかけてくる、だと? しかも、何の神か、だと? そんな返答は想定していなかった。焦る直斗。

 さて、俺はここで何を選ぼうか? 直斗の頭の中には三つの選択肢が思い浮かんだのだった。


 ①笑いの神

 ②貧乏神

 ③疫病神


 直斗は無神論者であったが、実在を願っていたのが笑いの神である。現代日本にいる間、直斗には笑いの神は微笑みも降臨もしなかった。

 野球の神とかサッカーの神とかは存在を否定していた。否、スポーツの神などは、それに真剣に取り組む人間の前にだけ現れるべきものだと直斗は思っていた。

そして、貧乏神と疫病神は直斗は実在を信じていた。信仰はしていなかったが。何故実在を信じていたかというと、それらは人間の姿をとって彼の目の前に何度も何度も現れたからである。その頃から直斗は人間というものは神にも悪魔にも英雄にも大量虐殺者にも

成れると思っていた。

 貧乏神と疫病神は特に直斗にとって身近な存在の形で彼の目の前に現れたので、特に彼らの代わりには闘いたくなかった。

 仕方なしに直斗は叫んだ。

 

 「笑いの神だ!!」


 時が止まった。吹いてはいけない薄ら寒い風が吹き荒れた。


 恥ずかしさを消そうと思い、すぐに攻撃に移ろうと考えたが、その瞬間、メールが着信した。


 『恥ずかしくないのかのう?』


 直斗の恥ずかしさは今、頂点を極めようとしていた。

 「てめえを今すぐ倒してクロコ●イル・ダンディーを名乗ってやる!!」

 内容をまったく知らない映画のタイトルを名乗る直斗。 

 「ほざくなよお!!」

 鉄球を受けるが何もお構いなしだ。

 555を打ち込み、通話ボタンを押す。

 「complete」の電子音声。

 さあ、テメエに地獄を味あわせてやる。




 避けようともしねえ?

 鉄球をいっさいの防御をせずに顔面で受け止めたニンゲンに少しばかり恐怖を覚えるアルハザード。こいつ、本当にただのニンゲンか?

 そして、鉄球を押しのけて現れたのはコートを着てないスーツ姿の男。なんだ、こいつは? いつの間に服装が変わっていやがる?

 そして、その横には似たような格好をした色素の薄い男。いや、色素が薄いんじゃない。その後ろが透けて見える。

 二人が同時にサングラスをとりだし、顔にかける。

 色のはっきりしている方がバズーカをどこかからとりだし、アルハザードへ向けた。

 「お前、そんなバズーカなんて出して、どうするの? ベッドの上で『僕のバズーカはもっと凄いんだぞ』なんてかわいこちゃんに自慢しちゃうの?」

 色のはっきりしている方はその透き通った男のセリフは聞こえていなかったようだ。

 「てめえ、いったい何者だ?」

 「どうも、セクシーオ●シタです」と、はっきりしている方が答えた。

 「ダンディータ●ヤマ」と、今度は透き通った男が答えた。

 「発射」

 セクシー●オシタと名乗った男が持つバズーカから発射される“ナニカ”。それに背筋が凍るかのような恐怖を覚え、その場で身を捻るアルハザード。

 アルハザードの左腕を消し飛ばし、勢い衰えず城壁の一部を音もなくごっそり消し飛ばして恐るべき“ナニカ”は虚空へと消えていった。

 

 


 「てめえ、いったい、何を……?」

 その時、虚空に鐘の音が鳴り響いた。

 「チィッ、時間だ。今日は退いてやる。だが、テメエの事は忘れねえぞ、セクシーオオ●タ!! 今度会う時は絶対に殺してやる!!」

 そして、生き残ったスケルトンと一緒に虚空へと消えていった。

 通話終了ボタンを押すと同時に服装が元に戻る直斗。

 セクシーオ●シタ? あいつはいったい何を言っているのだろうか?

 バズーカをとりだしたあたりから記憶のない直斗には何故そう呼びかけられたのか何も分からなかった。




 その後、魔族の本拠地である“カダス”にて、レムリア王国には“セクシーオ●シタ”と名乗る恐るべき存在がいるという噂が流れた。


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